第1話:守兵団8
「アリッサー、だめだぞー、この村には金はないぞー」
張り詰めつつあった場に、ダイヤが村の資産調査を終え、やれやれ―――といったおどけた仕草で話の輪に加わってきた。
「ご苦労だったなダイヤ」
「この村は作物と乾燥した備蓄食料だらけだ、気が滅入るね。売りさばくにしても荷がかさばるよ」
くたびれもうけだよ―――と言わんばかりの甘えたそぶりで、ダイヤはアリッサを背中から抱きしめた。
「事が片付いたら、ソ公を通じて商人を呼んで、買い取ってもらった上で送金を頼もう」
「さすがアリッサ、賢い子だよ」
ダイヤはアリッサの美しい金髪の頭をなでながら、愛おしさを全身で表現した。
ダイヤは古くからのアリッサの従者で、アリッサを妹の様に慈しんでいる。またアリッサもダイヤに対して、主従の絆を超えた同様の感情を抱いている。
「しょせんは金か、綺麗事を並べたってお前たちだって金なんだろう。戦を食いものにする、この戦争屋が―――」
アリッサたちのやりとりに、いらだったバートは吐き捨てる様に言った。
「おやおや、聞き捨てならないねえ」
アリッサから離れ、ダイヤはその身に装備した短弓に矢をつがえ、バートに狙いをさだめた。
「あたいらは戦争屋じゃないさ―――守兵団だよ。そっちから手を出してこない限りは、けっしてこの矢を放ちはしないのさ」
キリキリキリという弦の響きに、再び緊張感が走る。
「なんだか、たてこんでますね……」
村と野盗の情報収集を終えたマルコが、悪いタイミングに戻ってきたなと言わんばかりの気まずい顔で、そこに割り込んできた。
「おやマルコかい。なあにこの男に、礼儀ってもんを教えていただけさね」
「そうですか」
短弓を収めたダイヤに応じながら、マルコはそれでも苦り顔だ。
「マルコ、お前もご苦労だった。丁度いい、人数と状況を報告しろ」
バートの牽制を済ませたアリッサは、話を次に動かすべく矢継ぎ早にマルコを促した。
「はい―――この村の西の民は総数六十一人中、戦闘可能と思われる人数は五十一人。東の民は三十人中、二十二人」
「うむ、それで野盗の方は」
「野盗の根城は絵図面にあった西方の森でした。総兵力はおよそ百二十」
「やはり根城は西か。数は百二十―――この村に差しむける人数はいつも五十程度との事だが、まだ余力があるということか―――」
報告に応じると、アリッサはしばし目をつぶり黙考していたが、やがて「よし、決めたぞ」と、カッと目を見開いた。
「攻めるも守るも、西が都合が良いという事だな。必ず次も奴らは五十程度で、夜を狙って西側から攻めてくるはずだ。
火計が使えんとなると、まともに平地戦だ。こちらの戦力は割らずに、すべてを西側に集中させるぞ。
だが策は打つ―――西にも多少の丘陵はある、そこに伏兵を置くぞ」
情勢分析を終えたアリッサは、一気に戦術をまくしたてる。
「西の民、五十一人は迎撃の防衛陣を張る。東の民、二十二人は半分に分かれ、戦闘想定地の左右の丘陵に伏兵として潜り、モルガンの合図とともに打って出ろ」
「お、お待ちください、アリッサ殿」
「なんだ村長」
「その人数は女子供も加えている様ですが、お、女と子供も戦わせるおつもりですか?」
アリッサの人数換算に疑問をもった村長が、たまらず口をはさんできた。
「フン―――そうだが何か?私はすべてと言ったぞ」
もはや抗弁しても無駄だと悟っている村長は、それ以上は何も言わずに押し黙った。
「では続けるぞ。東の民による伏兵は―――バート、お前がまとめろ。せいぜい―――お前にも働いてもらうぞ」
にやけた命令口調にバートは歯噛みしたが、もはやどうにもならない。
「で、戦に使えぬ幼子と赤子だが―――ひとつの家にでも、まとめて閉じ込めろ。戸も窓もかたく塞げ」
「な、なんと」
村長の驚きの声に、
「戦時だ。使えるものは女だろうと子供だろうと使う。そのかわり使えぬものは無いものとする。邪魔なものは足手まといになる。重ねて言うぞ―――戦時である」
平然とアリッサは念を押した。
「さて、そうと決まれば状況を開始する―――エゴイ!」
一連の話が進む間、ずっと言葉を発せずに、槍を組みながらそばに控えていた巨漢エゴイに、アリッサは呼びかけた。
「この村に来る時に仕留めた、敵の斥候の死体があったな―――それを西に向けて磔にして晒せ」
「――――――!」
村長もバートも驚きのあまり声が出ない。
「仲間が戻ってこない事に、そろそろ奴らも気付いてるだろう。その仲間がお前たち村人により殺され、挑発するように自分たちに向けて晒されている―――来るぞ、来るぞ、今夜には報復に押し寄せてくるぞ―――アーッハッハッハッ」
それは少女ではない―――悪魔の形相であった。