第1話:守兵団7
「和議……?それがお前の言っていた『考え』とやらか」
「そうだ、和議だ。戦えば必ず犠牲が出る、そして勝てるとも限らない―――だから戦わずに和議で解決するんだ」
「和議の条件は?野盗が見返りなしに和議を結ぶとは思えんぞ」
「わかっている。だからそこは収穫した作物から―――いくらかを分け与えるんだ」
「野盗に―――野盗にか?お前たちが汗水たらして作った作物を、はいどうぞと献上してやるのか?フフフ」
「それで命が助かるなら安いものだ!」
アリッサの嘲笑に、バートはついに声を荒げた。
「それで済むと思っているのか、まったくおめでたい頭だ」
「な、なんだと!」
「考えてもみろ、なぜ野盗どもはお前たちの村に火をかけない―――なぜ作物だけを奪い、金、女、命、すべてを根こそぎ奪い取ろうとしない!」
「それは―――」
「お前たちに生かす価値があるからだ。生かしておけば、作物を奪ってもまた育ててくれる―――自分たちのために、奪われても奪われても、また作物を永遠に育ててくれる。こんな便利な道具があるか。お前たちはそんな運命を、一生受け入れ続けるのか!」
アリッサの声もまた怒りを含み始めた。
「同じ奪われるなら、献上しても同じか?いいや違うぞ。もしお前たちが進んで作物を渡す様になれば、奴らは、次は女を献上しろ、下僕を、金を献上しろと、その要求は日に日に増すばかりだぞ。ついには、すべてを奪われるぞ!」
一気にまくしたてると、アリッサは拳を握りしめた。
「お前たちの心が折れていないから、今はまだこれだけで済んでいるんだ。屈すれば―――すべてが終わるぞ」
くっ―――と、バートは反論の言葉を失ったが、すぐさま次の矛先を村長に向けた。
「村長!これは西の問題だ、決断してください。西の作物を分け与え、あと―――あの異能の娘―――ファノを差し出すんだ」
「異能?」
あいつは『異能の民』なのか―――アリッサの眼光が鋭くなった。
この地『ソの国』は、山岳部と大河が複雑に入り組む特殊な環境と、多民族の過酷な生存競争が、いつしか『異能の民』を生み出した。
人間の生存戦略、進化の形ともいえるそれは、様々な身体的特殊能力を持っていた。腕力、走力、跳躍力、さらには超能力的なものまで、その能力は多岐に渡る。
アリッサも『ソの国』で守兵働きをする様になってから、様々な『異能の民』に遭遇してきた。
今となってはその起源さえわからない『異能の民』は、多民族交流の中で何代にも渡って、命の枝葉をこの地にめぐらしてきた。
だが大抵の『異能の民』はその能力を隠して生きてきた。その人ならぬ能力は多くの場合、民族内での迫害の対象となる。
己らを脅かす存在を粛清しようとする心理もまた人間の―――生物の生存戦略である。
しかし乱世となると、その『異能』にも別の使い道が出てくる―――軍事利用である。アリッサが遭遇した『異能の民』も、そのほとんどは戦闘対象であった。
バートが青髪の異形の少女―――ファノを野盗に引き渡せと言っているのも、その異能を聞きつけた野盗が、それを自分たちの戦力にするために、身柄を要求してきているのだろう。
もしくは戦力として使えなくても、『異能の民』は高く売れる。人売りも乱世では珍しい事ではない。
「またその話を―――やめなさいバート!作物ならまだしも人をなんだと思っているのだ」
温厚なたたずまいに似つかわしくない、村長の大きな声が広場に響き渡った。
それにもひるまず身を乗り出したバートだったが、次の言葉を数頭の馬のいななきが遮った。
「お、お騒がせして申し訳ありません。馬たちが気が立っているようでして」
モルガンに依頼されて、広場に馬を連れてきた村人たちが、村長に頭を下げた。
「馬もでっけえ声に、びっくりしちまったのかな」
集められた馬を見に、アリッサたちの話の輪に近付きながら、呑気にモルガンが場を茶化した。
そんなモルガンに、クスッと笑ったアリッサだったが、次の瞬間には冷静な―――冷徹な表情を取り戻して言った。
「バート、お前の話はもういい。この村は戦うと決めたのだ。そして今この村の支配者は私だ。従わぬとあらば―――斬るぞ」
バートに目を向けずに放った、『通告』だった。