第1話:守兵団6
「ああ、よし。そうそう腰を入れて突き出せ」
先刻までアリッサが、大演説を繰り広げた村の広場で、今はモルガンが戦闘経験のない村の男たちに、槍の使い方を教えている。
アリッサの村人全員を集めた演説―――野盗を迎え討つための『支配宣言』を含む三条件の提示に、村人は何も答えられず、ただ呆然とするばかりだった。
しばし村人の沈黙を受け止めたアリッサだったが、やがて掲げた剣を、ひときわ大きな音を立てながら、その鞘に放り込んだ。
「で、では皆、アリッサ殿の申し上げた条件を受け入れ、我らはドラグレアの皆様にこの村を委ね、野盗を追い払っていただくということで―――それが皆の総意という事でよいな」
アリッサからの無言の圧力に気付き、あわてて村人の総意をはかった村長の言葉に、反対する者はいなかった。
むしろ反対する術がなかったと言った方が正しいかもしれない。
―――すべてはアリッサの計算通り。
不満分子のバートも事前に村長に言い含められていたので―――反抗的な態度ではあったが、その場で異は唱えられなかった。
「では皆の者、今この時をもって、この村は私の統制下―――支配下に入ったぞ、ククク」
そう言いながら、喜悦とも挑発とも取れる、妖しい笑顔を浮かべたアリッサは、間髪入れずに動き始めた。
「モルガン、兵を鍛えろ。ダイヤは村の総資産の調査。マルコはこの村および野盗の情報を調べあげろ。トロワは周辺の測量と地形分析にかかれ。ジーとユーは交代で索敵、片方はダイヤが私から離れている間、私の護衛に入れ。エゴイは村人が使う槍を急ぎ、組め!」
アリッサは振り向きもせず、ドラグレアの各人に指示を飛ばす。そしてその不敵な笑みを崩さず、村人に向かって、
「お前たちは、我らの指示に従い―――戦え」
と言い放った。その口調は、もはや恫喝でも説得でもない『支配者』のものであった。
―――『戦うのは我らだ』『兵を鍛えろ』『村人が使う槍を組め』『指示に従い戦え』
自分たちは守ってもらえると、半ば思い込んでいた村人たちは、アリッサの言葉に再び激しく動揺した。
「確かに、我らが戦う―――だが、誰もお前たちが戦わなくていい、などとは一言も言ってはおらんぞ」
村人の動揺に対して、アリッサはそう機先を制した。
「座して死を待つか?―――それが嫌なら戦え。己が生は、己の力で守り抜け―――導きは私がしてやる」
もう引き返せない―――アリッサの言葉に、村人の誰もがそう思った。
そしてこれにより『守兵団ドラグレア』の―――アリッサの『守るため』の戦いは始まった。
モルガンの練兵を見ながら、今、アリッサはトロワから地勢の報告を受けている。
「実際この目で見てきたが、この絵図面の距離感はほぼ正確だな。村の北は川に遮られ、南は湿地と田畑ばかり、東は丘陵が多く、まともな平地はこの西側だけだ」
隻眼ながら卓越した測量技能を持つトロワは、村から提供された絵図面をアリッサと覗き込みながら、モルガンの練兵が続く、西の広場を指差した。
「迎撃するならば―――西か」
「それが良さそうだ。お得意の火計も、森はこの村からは少し遠い。奇策なしで平地戦をするのなら西しかない」
トロワの地形分析は、その測量技術とともに正確、かつ明快である。
「村長、今一度問う。今まで奴らが攻め寄せて来たのは、すべて村の西側から、人数は約五十、相違ないな?」
「そ、相違ございません」
状況の確認のために同席させられている村長は、老いた頭を大げさに下げながら答えた。これもまた同席を命じられたバートは、そんな村長を苦々しく見つめていた。
この村の地形は、歪だ。
村の北辺を流れる大河から分かれた小さな支流が、村を東西真っ二つに割いており、西側は、今アリッサがいる広場の様に、比較的平地が多い。
対して東側は丘陵と丘陵が、谷を形成したかの様な合間の一本道に、家々が隙間なくひしめき合っている。
西側と東側を繋ぐものは、東西を区切る支流に架かる小さな橋一つだけ―――
―――いつからか村人は、『西の民』、『東の民』の二つに分かれた。
西の民が、南方の肥沃な田畑を領有しているのに対して―――東の民は一本道の出口にある、東方の丘陵地帯の中に、わずかに存在する平地に貧しい畑を営んでいる。
同じ村の中でも東西で経済格差が存在するのだ。無論それは感情的対立となって、連邦国家の様なこの村の中にくすぶり続けている。
村長は西側の人間、助役的立場のバートは東側を代表しており、常にバートは東側の権益を確保しようと、村長に噛みついている。
村長の温厚な人柄で、かろうじて一触即発の事態を避けてはいるが、事情を知った時アリッサは―――それは裏を返せば『事なかれ』で問題を先送りにしているだけに過ぎない、と思った。
「野盗は私ども―――西の民の、南の畑から作物を奪ってまいります。私どもも始めは抵抗いたしましたが、とても歯が立つものではなく―――多くの者が殺されました。今となっては、収穫期に野盗が来るとかたく家の戸を閉ざし、彼らが去るの息をひそめ待つ次第でございます」
無念と不甲斐なさに、村長は下を向き声を震わせた。
「東の民は―――その時、お前たちは何をしていた?」
「み、南の畑は西の民の持ち物だ。それを守るのは西の民の役目だろう。なぜ我々がそのために命をかけなければならない。それなら西の民は、我々に何をしてくれた。我々が飢えに苦しんでいた時も、なんの手も差しのべてくれなかったじゃないか!」
突き刺すようなアリッサの問いに、うろたえながらもバートは積年の感情を爆発させた。そして村長は目を伏せた―――やはりこれが根本の問題なのだ。
「とばっちりは、ごめんといったところか」
アリッサは言葉とともに、蔑んだ冷たい視線を投げかけたが、バートは今度はひるまなかった。
「今からでも遅くはない!和議を結ぼう」
むしろアリッサの挑発に開き直ったかの様に、毅然と声を上げた。