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第3話:膿と芽12

 もはや進むのみ―――村人と傭兵団を皆殺しにして、この屈辱をそそぐ。そう決意したかの様な、野盗団の攻勢は激しさを増した。


『背水の陣』を敷いたからには、降りそそぐ矢の雨から逃れる術はなく、矢盾を飛び越える流れ矢も、アリッサとファノに向けて幾本も迫って来た。そのすべてを護衛に就いている巨漢エゴイが、鉄甲で叩き落としているために大事には至っていないが、状況の悪化は明らかであった。


 そしてダイヤとトロワによる、孤独な長弓攻撃も継続されている―――死線は、距離一〇〇という印象を、引き続き与え続けるための作業であった。


 アリッサたち本陣は苦しいながらも攻勢をしのぎ続け、ダイヤとトロワの前衛も細々ながらも戦果を上げている―――持久戦とはいえ、攻めきれていない野盗団には『次の一手』が必要な展開となってきた。


「よしよし、いいぞ―――奴ら焦ってきたぞ、キシシ」


 これで野盗団がさらに陣を寄せてくれば、そして大将が今少し距離を詰めてくれば、反撃を開始できる。ようやく、ここまで耐えた苦労が実を結ぶ―――アリッサは近付く勝利へ、思わず笑みを浮かべずにはいられなかった。


 だが、予想外の事態が起こった。


「アリッサ、騎馬が来る!―――弓を持ってるぞ!」


「なんだと!?」


 トロワの報告に、アリッサは顔を歪めた。


「どういう事だ!」


「わからねえ!―――数は十騎、ただの弓じゃねえ、火矢だ!」


「くそっ!ダイヤ、落とせるだけ落とせ!モルガン、ジー、ユー、前衛に出て、残りを討ち取れ!」


 歩兵ならともかく、騎兵の速度に狙いをつけるのは、ダイヤといえども容易ではない。かつ一回の射撃に、約五秒を要する長弓では、三騎を落とすのが精一杯で、残り七騎に射撃を許してしまった。


 だが、その矢は直接本陣へは飛んで来ず、その周辺の家々、資材、地面などに満遍なく放たれると、七騎は素早く自軍に向けて馬首を返した。その背中をダイヤの弓が襲い、野盗団の根城を付け火で壊滅させたマルコも、アリッサの待つ本陣へ帰還する途上のすれ違い様、一騎を斬り伏せた。


「何が起こったんですか?」


 状況がつかめないマルコは、帰還するやいなやアリッサに説明を求めた。彼の予想では、もう野盗団は距離一〇〇を越えて前進しているはずであったのに、依然その距離は縮まっておらず、それどころか意味不明の火矢を放たれているではないか。


 一連の動きから、聡明なる少女アリッサには、すべてが理解できた―――そして激怒した。


「こぉんの阿呆が!阿保が、阿保が、阿保が、阿保がー!」


 まずは一気に罵声をまくし立てると、声を小さくあらため、


「ここまで負けを演じてやっているのに、まだ怖いのか―――まだ火計があると疑っているのか!」


 振り絞る様に、ままならぬ展開を苦悶の表情で呪った。


「ここに火計が仕込んでないか―――それを確かめるための火矢って事ですか……」


 慎重といえば慎重すぎる、野盗団の予想外の攻め口に、マルコも同じく苦悶の表情を浮かべざるをえなかった。


「また来たぞ!もっと前に出て討ち取るか!?」


 再び火矢を携える騎馬隊の襲来に、モルガンが叫ぶ。


「いや、迎え撃つのはダイヤだけでいい、お前たちは退がれ!」


 こうなれば射ちたいだけ射たせてやる―――そうしなければ出て来ないなら、確かめさせてやるまで。


 瞬時にそう判断したアリッサは、一応の抵抗としてダイヤの射撃だけを継続させると、一度前衛に上げたモルガン、ジー、ユーを再び本陣に退かせた。


 火矢が本陣の周辺に放たれる―――だが、何も仕込んではいないそこからは、何も起こりはしなかった。


 阿呆めが!―――


 アリッサは心の内で、相手の愚策を再び罵ったが、その火矢は歓迎しない副産物をもたらした。


『西の民』の家々が炎を上げ始めたのだ―――それだけなら黙殺すれば良いだけの話であったが、火計の仕込みを疑い、あさっての方向に放たれた矢は、あろう事か、この戦を見せないために隔離した、幼な子たちを閉じ込めた小屋の近辺に火災を発生させたのだった。


 このままでは炎は小屋に燃え移り、幼な子たちは全員焼け死ぬだろう。


 この村の次代を担う『芽』―――この戦に勝利し、すべての『膿』を出し切るのも、その『芽』である幼な子たちのためだ。それを見捨てる訳にはいかない。


 そして、小屋の近辺が燃えている事に気付き始めた村人にも、動揺が走り始めている―――だが騎馬隊の火矢と交互に、長弓による射撃も継続されている今、村人を矢盾から解き放ち、消化活動にあたらせるのは、戦術上、自殺行為に等しい。


「アリッサ……」


 傍らのファノが不安そうに声を上げる。ファノだけではない―――誰もがアリッサを見つめ、その決断を息をのんで見守っていた。それに気付くと、


「クックックッ、クックックッ―――」


 この状況で、アリッサは笑い出した。


「やはり中途半端がいけなかったかぁ―――負けるなら、徹底的に負けるべきであったな……やれやれ」


 本気で呆れたという仕草を滑稽に演じると、表情を厳しくあらため、


「皆で火を消すのだ!―――本陣は……我ら『守兵団ドラグレア』が死守する!」


 村人に対して消化活動を命じると、アリッサはドラグレアの八人だけで、野盗団を迎え撃つ事を宣言した。


 そして村人は矢盾を放棄し、幼な子たちが籠もる小屋周辺の消化活動に駆け出した―――その背中に向かいアリッサは、


「いいか、幼な子を小屋から出すな!―――今、出せば矢の餌食になる!」


 と、村人に最後の指示を出すと、大きく息を吸い正面に向かって―――殺すべき、殲滅するべき、野盗団に向かって、剣を抜き放ち、構えをあらためた。


 アリッサ、モルガン、ダイヤ、トロワ、マルコ、エゴイ、ジー、ユー―――ついに『守兵団ドラグレア』の八人だけが戦場に残された。


 もはや前衛も後衛も陣形も何もない―――ただ八人が、ひと塊りになっただけの無様な陣容が、そこにあるだけであった。


 さあ、ここまで負けてやったぞ、安心して殺されに出てこい!―――


 顔を歪め、ほくそ笑むアリッサは、ふとまだ自分の傍らに残るファノの存在に気付くと、


「ファノ、もういい―――お前もここから離れるんだ」


 危険地帯からの離脱をうながすが、ファノは首を激しく振ってそれを拒んだ。そしてその仕草のせいで、彼女の顔を覆う長い前髪が割れた。その中の魔眼は―――切ない抗議を込めてアリッサを睨みつけていた。


 そばにいろ、って言ってくれたのに!―――嘘つき!


 そんなファノの思いを感じ取ったアリッサは、


「わかった、もう何も言わん……」


 呆れた様にそう言うと、ため息をつきながら―――思ったよりも強情だな、と苦笑せざるをえなかった。


 だがそんなアリッサの感傷は、迫り来る矢を叩き落とす、モルガンの槍や、エゴイの鉄甲の音によって瞬時に打ち消され、その心は現実に引き戻された。


 そして時を同じくして、野盗団に動きが見え始めた。


 矢盾が消えた事、そしてようやく本陣付近に火計は仕込まれていないと判断した野盗団は、長弓の精度を上げるため、そして村を制圧するべく、ついに距離一〇〇を―――死線を越えて進軍を開始した。


「トロワ、距離だ!」


 その進軍が足を止めた瞬間、アリッサが叫ぶ。


「前衛の長弓隊は八〇まで来た!―――大将は……」


 全員がトロワの観測結果を、固唾を飲んで待つ。


「よし!一二〇まで出て来たぞ!」


 自軍の長弓隊を、死線から二〇も押し出したにもかかわらず、大将自身は敵の長弓からの射撃を警戒し、いまだ死線から二〇もの距離を取っていたが、これはアリッサの計算の内である。


 一二〇の距離なら、モルガンの射撃術と腕力、それにトロワの観測能力が合わされば、必ず奇跡の遠距離射撃を成功させられるはず―――問題はない。


 ようやく反撃の―――勝利への策を実行に移せると安堵し、「クックックッ」と笑いながら、


「モルガン、トロワ、配置に―――」


 そう言いかけたアリッサの言葉を、


「やべえ!やべえぞ!」


 というトロワの怒声が搔き消した。


 空一面の矢が―――今までの様に、まばらではなく一団となって、自軍に迫って来る。


 全員が戦慄した―――わかってはいたが、距離を詰めた長弓隊の一斉掃射の精度は予想以上だった。


 一本の矢をよけても、別の矢の餌食になる。逃れるには、迫り来る矢を叩き落とすしかないが、矢のほとんどは、皮肉にも中央に控える、武技を持たない二人の少女―――アリッサとファノに向かっていた。


 観測手ゆえにその軌道を見極めると、トロワは素早くアリッサとファノの前に駆け込むと、その身を挺して―――全身で数多の矢を受け止めた。


 これ以外にアリッサとファノを救えない―――そう判断したトロワの果断な行動であった。


 観測に用いる照準器を付けた、その独特な兜が地に落ちると、そのままトロワも仰向けに倒れた。


 これで『守兵団ドラグレア』は―――アリッサは、その策の要である、観測手トロワを失った。


 見えかけた勝利への希望が―――絶望へと変貌した。




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