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第3話:膿と芽11

 アリッサの本陣後退に呼応して、野盗団も陣を押し出してくる―――後退距離は一五、野盗団が押し出してきた距離も一五、そして大将はこちらの射撃地点から一三〇の距離を保ったまま―――何も変わらぬ戦況が再び構築された。


 変わった事といえば―――矢盾を構え、射ち込まれる矢の激しい衝撃に耐えている村人たちの、疲弊が深まった事であろうか。


 そしてその疲労、恐怖に屈した者から、矢の餌食となる―――そこから陣は崩れるのだ。


 だから陣を退げて、その圧力から逃れる―――だから攻め手は、再び圧力をかけんと陣を押し上げる。


「定石通りの戦だな、フフッ!」


 己で企図した展開にもかかわらず、そのつまらない構図を目にすると、アリッサは思わず自嘲せずにいられない。


「いいか、ここが勝負だ!苦しくても、恐ろしくても、絶対に盾を崩すな!」


 少女らしからぬ威厳に満ちたアリッサの叱咤に、矢盾による横一線の防御陣を担う村人は、身を引き締めた。


 今度はモルガンも、ジーもユーも挑発に動かない―――今は、待つ時なのだ。


 時が過ぎる―――精魂を振り絞って耐える防御陣にも限界の色が見えてきた。だがアリッサは動かない。厳しい目をして、口を真一文字に結んだまま、ただ西の夜空を見つめ、身動きひとつせずに泰然と構えるその姿は、まるで神話の石像を思わせるかの様な凛々しさであった。


 美しい金の髪、赤い装束、そしてその隙間からのぞく金色の鎧―――その姿に、戦の最中という事も忘れ、ファノはうっとりと見とれていると、


「ファノ、お前には見えるか?―――西の空の異変が」


 不意打ちのアリッサからの問いに、


「えっ!?―――に、西の空?」


 呆けた顔を慌てて引き締め、西の夜空をしばし凝視した。


「何も……見えないし、感じないよ」


「そうか……」


 何事もないかの様な返答だったが、その短い呟きにファノは感じた―――アリッサは何かを待っていると。そして冷静な姿勢を崩さないが、彼女が焦っている事も。


 ファノは引き続き、西の夜空を睨み続けた。そこにアリッサが待っている何かがあるなら、自分がそれを導かんとするばかりの気迫で。


 その思いが天に通じたかの様に―――ファノの『魔眼』は、まだ誰も見る事もできない『異変』を感じ取った―――西の夜空の下に、わずかな煙が上がっていると。


「アリッサ!」


「見えたのか!?」


「煙が、煙が上がっているよ!」


 ファノの言葉を受け取ると、


「クックックッ、クックックッ―――」


 喜悦の笑い声を漏らしながら、アリッサはしばし顔を伏せた。そして次の瞬間、顔を上げるとそこには、とても同一人物とは思えない悪鬼の形相をした、狂気の統率者が現出していた。そして彼女は笑い、叫ぶ。


「アーッハッハッハッ!―――トロワ、まもなくだ!見逃すな!」


「心得た!」


 いまだ前衛にてダイヤの射撃を観測するトロワは、アリッサの呼びかけに応じると、これもまた西の空への観測を開始した。


 そしてわずかの後、彼でなければ見つけられないほどの薄い煙を観測すると、「見えた!マルコの奴、やりやがったぜ」と歓喜の声を上げた。


「よし!陣を退げるぞ―――これが最後の後退だ!」


 すかさずアリッサは全軍に、三度目の後退を命じた。


 後退の最中アリッサは、「よくやったぞ」と、その『魔眼』による働きを褒めてくれたが、策の概要を説明されていないファノには、何が起こっているのか分からない。


 最初の後退が一〇、次が一五、そして今また一五の距離を後退した事で、『西の村』を貫く、距離五〇の大通りを、すべて後退し尽くした―――その先は、昨夜アリッサの策により灰燼に帰した『東の村』の残骸によって塞がれている―――ついに戦は、アリッサの策の最終段階である、『背水の陣』に移行したのであった。


 また退がったか。ならば、また長弓の射程分だけ、距離を詰めるまで―――


 そう考え、野盗団の大将が前進を命じるべく、その腕を上げようとした瞬間、


「聞けーーーっ!!」


 というアリッサの絶叫が、戦場に響き渡った。いつもながら、この少女の小さい体のどこから、そんな声が出てくるのかと思われるほどの大音声であった。


 そして、戦場のすべてが停止した。それを見届けるとアリッサは、大きく息を吸い込み再び叫ぶ。


「お前らの後ろを見ろー!」


 その声は、戦場のすべてが逆らえないかの様な魔力を伴い、野盗団の視線を後方に導いた。


「―――!?」


 しばし、その言葉の意味が理解できなかった野盗団の面々は、その後方―――西の夜空を見つめ、やがて息をのんだ。


 煙!?―――まさか!?


「ヒャーッハッハッハッ!―――お前らの根城に火をかけてやったわ!」


 嫌な予感を現実に結びつける、アリッサの悪魔の叫びが、こだまする。


 昨夜の戦闘前にマルコの調査により、西方の森に野盗団の根城がある事を突き止めていたアリッサは、今夜の戦闘に野盗団が全軍を繰り出す事を予測し、その隙に根城を焼き払う事を企図した。


 そのタイミングは、自軍が『背水の陣』を敷いた瞬間―――別働部隊として戦況を遠望しながら、その頃合いを逆算し、マルコは見事にその仕事をやり遂げた様だ。


 もちろん今回も火薬を用いている―――昨夜の『東の村』同様、野盗団の根城は壊滅を免れない。


 自分たちが策を恐れ、敵陣地に踏み込まずに長弓戦を仕掛けるのを見越して、後方に策を施したか!―――


 野盗団の大将は歯噛みしながら、アリッサの秘策がここにあったか、と考えた。


 だがアリッサにとっては、これはまだ策の前段にすぎない。


 根城を失った野盗団は、これで帰る場所のない『背水の構え』となり、アリッサたちドラグレアは、後退する場所のない『背水の陣』を敷いた―――背水vs背水―――これがアリッサの狙いであった。


 ここでもし、野盗団が心折れ、撤退を開始すれば、アリッサの策は破綻する―――次戦を迎える余力は、もうこの村にはない―――必ず今夜、野盗団を殲滅しなければならないのだ。そのためには、さらに進軍させる必要がある。


 阿呆でなければ、もはや攻める以外に道はないと分かるはずだ。根城を失ったとはいえ、戦局はあちらが有利なのだからな―――


 そう考えたが、アリッサは万が一、野盗団が撤退を選択する事のない様に、追い討ちをかける。


「さあどうする!?お前たちの尻にも、火をつけてやろうか!ヒャッヒャッヒャッ」


 大音声で大仰に笑いながら、アリッサが手を上げると、モルガン、そしてジー、ユーが前衛の位置まで歩を進めた。


 策の狙いは、後方撹乱をした上での、撤退時の追撃―――そう思わせるための演出である。


 野盗団の大将は進退を考える―――その間にも西の空に上がる煙は濃さを増していく。おそらくマルコが施した付け火は、森全体を焼き尽くす程の勢いで、燃え盛っているに違いない。


 その手に乗るか!―――


 大将は、陣を押し出した。アリッサの狙いを追撃と判断し、その反対に攻勢に出る事で、策を潰すつもりであった。


 詰めた距離は十五、両陣また距離一〇〇を挟んだ展開であり、大将の位置も変わらず、射撃地点から一三〇であった。


『背水の陣」を敷くアリッサはもう退がれない―――帰るべき根城を焼き払われた野盗団も『背水の構え』となった―――戦局が動くには、野盗団がさらに距離を詰めるしかない展開となったのだ。


 耐えろ、耐えるのだ―――


 アリッサは自分に言い聞かせる。


 ここをしのげば、野盗団はもう出てくるしかない。大将も然りである―――そして、大将を射撃地点から一二〇の距離に引きずり込み、劇的に射殺し、野盗団全員の心をへし折る。追撃は―――殲滅はそれからだ。


「皆、もう少しだ!この攻撃をしのげば―――勝つのは我らだ!私を信じろ!」


 戦が最終局面に入った事を確認すると、己自身を鼓舞せんばかりの勢いで、アリッサは自軍に向かって、勝利を宣言した。




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