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第3話:膿と芽8

 大地は一面の闇に包み込まれ、月明かりと篝火の光だけが妖しく輝く時間―――ファノの村を舞台とした、『守兵団ドラグレア』と野盗団との決戦の時が、再び訪れんとしていた。


 アリッサは昨日と同じく、村の西端の広場に、想定戦域である西の平野に向かい、横一線の陣を敷いた。


 昨日と違うところは、その陣を担う村人たちの手にする得物が、槍ではなく巨大な矢盾に変わった事であろう。


 挟撃部隊を一瞬で壊滅させたアリッサの策を恐れ、野盗団は今夜は深入りして来ず、長弓の連続一斉掃射で、村の残り少ない兵力を削り、押し込めにくるはずだ。


 それに対抗するために、矢盾で徹底防戦をしつつ、陣を後退させ、野盗団を―――その大将を前進させ、距離一二〇という未知の長弓射程に引きずり込む。それがアリッサの狙いであり、そのための矢盾であった。


 おそらく、すぐに放棄するであろう仮初めの指揮台に立ち、アリッサは後方に伸びる、『西の村』の大通りを振り返る。


 廃墟となった『東の村』を背にする、逃げ場なしの『背水の陣』までの後退距離は約五〇。アリッサの構想では、それを三回に分けて後退する。


 そして課題は、いかに自軍が敗勢に立たされていると見せるか、であった。そうでもしなければ、敵軍は自軍に向かって陣を前進させはしないだろう。もっとも、そんな演出をしなくとも、数に劣る自軍は時間とともに、敗勢を濃くすると思われるのだが。


 勝てる―――そう思わせねば。そして警戒しつつも油断し、わずかに歩を進めた大将を、射程距離外の長弓射撃で、劇的に仕留める。そして大将を失い、烏合の集と化した残敵を『二の策』で掃討殲滅する。機会はただの一度―――外せば次はない。


 奇跡にも近い構想だが、これしかない。そう決断し、統率者アリッサは策を編み上げた―――その開幕が、刻一刻と近付いていた。


 そして今夜は傍らに控えさせている『魔眼の少女』ファノが、何かを伝えようと、その身を乗り出そうとするのを手で制すると、アリッサはその目だけをファノに向け、「来たんだな」と、短く確認した。ファノが緊張の面持ちで、深く頷くと、


「トロワ!―――来るぞ!」


 陣の前方で、先制の長弓射撃を加えるべく、ダイヤとともに待機しているトロワに、野盗団の襲来を大音声でアリッサは伝えた。


 それを受け、トロワは素早く観測態勢に入ると、その隻眼を兜の目庇まびさしに仕込んだ照準器の中に光らせた。


 まだ敵軍は見えはしない。ファノの人智を超えた『異能の民』の力がそれを感じたのだ。だが誰もが、もうそれを疑いはしない―――アリッサが、ドラグレアの面々が、そして村人が、その報に接し、開戦に向けて、遥か西方の闇を凝視した。


 そして昨夜と同じく、そのわずか後―――西方の闇の中に敵軍が―――野盗団が現れた。


「来たぞ!距離二〇〇!数は―――約七十!」


 計算通りだ。野盗団は残存兵力のすべてを投入してきた―――トロワの報告に、アリッサは歯を剥き出しにしながら、己の狙いが、まずは嵌った事に狂喜した―――これで、この戦に勝てば、野盗団は一兵残らず殲滅できると。


「全軍だな。ようし、いいぞぉ……討ち取れたものを、わざわざ逃してやったのだ―――ようやく、これで皆殺しにしてやれるわ」


 攻め来る者を、殺したい、殺したい、殺したい―――その震えんばかりの衝動を、アリッサは抑えきれずに身悶えながら、呪いの言葉を呟いた。


「お前さんに罵られて、よっぽど悔しかったと見えるな。遠目で見ても敵さん、気合いの入り方が違うぜ」


 徐々にその影を大きくしてくる野盗団を遠望しながら、モルガンが率直な感想を述べた。


 昨夜の戦闘で、アリッサ率いるドラグレアは、野盗団を残り十数騎まで追い詰め、そして対峙した。そのままモルガン、ジー、ユーを繰り出せば、大将をはじめとして『昨日の全軍』を殲滅する事は可能だったろう。だが残存兵力をまとめ『真の全軍』を率いてこさせんと、アリッサは野盗団の大将を痛罵した上で、逃がしたのだった。


 そして屈辱を晴らさんと、大将は全軍を率いてきた―――その闘志はモルガンの指摘通り、復讐の炎に燃えていた。


「フン―――まあ逃してやった分、せいぜい派手に、くたばってもらわねば、勘定が合わんからな、ヒヒヒ」


 薄笑いを浮かべながら、あらためて野盗団の殲滅を誓うアリッサは、己が立つ指揮台の前に並び、矢盾を並べる村人の顔色を窺うと―――その顔は、誰しもが敵を迎え討たんとする闘志に満ち溢れていた。


 夕刻の野盗団の少数部隊による挑発―――村人の命である畑を荒らした行為をも、アリッサは村人の怒りに変換させるべく、その非道を煽り立てた。


 それは実を結び、今、村人は―――アリッサと思いを一つにし、野盗団を殲滅せんと、その目を憎悪に燃えたぎらしている。


 恐怖で縛りつけてでも、村人を再び戦場に立たせんと目論んだが、野盗団がわざわざそのお膳立てをしてくれた。それだけでもアリッサは、笑いが止まらない思いだった。


 野盗団は受けた屈辱を晴らさんと―――村人もまた畑を潰された恨みを晴らさんと―――互いが殲滅を心に誓っている。


 その状況に、クククッと、アリッサが狂気の笑いを深めていると、


「距離一〇〇!―――奴ら進軍を止めたぞ!」


 昨夜と同じ距離に、野盗団が陣を展開した事を、トロワが全軍に響き渡る叫び声で報告してきた。


 その陣容は―――予想通り、前線に長弓部隊を配している。距離一〇〇に陣を敷いたのも、その射程を最大に活かせる距離であるからだ。


「長弓は―――約四十!」


 アリッサの意を察して、素早くトロワはその数を報告する。その手際の良さは、いつもながら感嘆に値する思いだった。


 そして敵全軍の半数以上が長弓隊。こちらは全軍でもその数に満たない有様―――まともに戦えば、確実にその弓に押し込まれ負ける。


 だがそれでいい。それでなければ―――勝ったと思わせなければ、自軍の逆転の糸口はない。


「さあ来い、さあ来い!―――ウヒャヒャヒャヒャヒャッ!」


 己が編んだ筋書き通りに進む戦に、アリッサの心は躍り、その顔はついに悪鬼の形相と変じ、そしてその笑い声は、まるで開戦の合図がごとく、戦場に響き渡った。




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