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第3話:膿と芽2

 育ての母、マーサを失ったファノの身を、アリッサは秘かに案じていた。


 目の前でマーサを殺され、一時は狂乱の態で、アリッサに噛み付いてきたファノ。


 それをアリッサは、拳をもって正気に戻したものの―――その後は、彼女にどう接してよいか分からず、一声もかけられず、今に至っている。


 アリッサも、目の前で母を失った過去を持つ―――それだけに、ファノの心痛を思うと、昨夜も眠りにつくまで心が痛かった。


 だが―――アリッサの目に映るファノは―――予想に反して、笑っていた。


 そのまわりには、モルガン、トロワばかりか、マルコにエゴイ、ジーとユーもいる―――自分たち以外のドラグレアの面々に、囲まれているではないか。そして楽しそうに談笑している。


 呆気にとられるアリッサ。傍らのダイヤも苦笑いだ。


 なんだ、なんだ、なんだ!―――人がどれだけ心配してやってたと思ってるんだ!


 予想外のこの状況に、アリッサは無性に腹が立った。


 そして一団に向かって、ズカズカ足音を立てながら近付くと、


「なんでお前らが、ここにいるのだ!?―――しかも揃いも揃って!」


 複雑な感情を、あたりに響き渡る大声で、ぶつけたのだった。


「あーん?夜明けには、全員ここに集まれって言ったのは、お前だろ、アリッサ?」


 クククッと半笑いの声で、モルガンが答える―――その通り、夜明けには再度軍議を開くので、村人はもちろんの事、全員広場に集まる様に命じたのは、当のアリッサであった。


 だが、なんだ……この悔しい様な感情は―――嫉妬?いやいやいや、絶対に違うぞ!


 自問自答するアリッサは、自身のどうにもならない感情に身悶えた―――平静を装っているつもりだろうが、完全に十七歳の少女の顔が丸出しになり、それが余計にモルガンの嗜虐心を煽る。


「ファノの事が―――心配で、心配で、しょうがなかったんだろう?」


 いきなり核心をついてきた。このあたりの呼吸は、モルガンは、いじめっ子の様で実に優しい。


「な、な、何を言っているんだ、お前はー!」


 もうアリッサの顔は真っ赤だ。モルガンとトロワはニヤニヤと、他の面々も遠慮気味ではあるが、笑いを必死にこらえている。


 あんまり、いじめるんじゃないよ!―――と、ダイヤがモルガンたちを制するために、ズイと進み出ようとした時、


「あ、あの、昨日はごめんなさい!……手、大丈夫ですか?」


 なんと、モルガンたちの輪から、ファノが進み出てきて、アリッサに昨夜の事を詫びてきた。


 次々と繰り出される予想外の展開に、アリッサは慌ててしまい、しばし言葉を失ったが、


「だ、大丈夫だ、これくらい」と、親指付け根に、ファノの歯型の傷がついた左手を見せながら、「こんなものは傷のうちにも入らん」と、ことさら余裕の態度で応じてみせた。


「ごめんなさい、ごめんなさい!私、あの時は―――」


「その事はもういい!それより―――大丈夫か、お前は?」


 ファノに、会話の主導権を握られたかの様な形に、自然と苛立ってしまったアリッサは、ファノの言葉を遮ると、つい本音を口走ってしまった。


 相変わらずファノは、その異様に長い前髪で顔を覆っているが―――アリッサの言葉に、その表情はあきらかに、驚きを見せた。


「ありがとう……アリッ……サ」


 照れくささも混じって、最後は声を小さくしながらも、ファノは初めて、その名前を呼んだ。


「大丈夫なら……それでいい……ファノ」


 ためらいながらアリッサも、初めてファノを名前で呼んだ―――というか呼んでみた。焼ける様な恥ずかしさが、こみ上げてきて、もうどうにもならなくなってきた。


「俺も戦で、いろんな傷を負ってきたが―――この傷が、一番みっともなかったんだよな」


 微笑ましくも、向かい合ったまま、まるでお見合いの様に黙り込んでしまった二人に、助け舟を出すかの様に―――モルガンは、自身の左手に刻まれた、アリッサの噛み傷を見せながら大げさにおどけてみせた。


「いつか仕返ししてやろうと思ってたんだが―――お前さんが見事に果たしてくれたな、ファノ」


「は、話したのかーーー!」


 自身の過去を、ファノに明かされた事を知ったアリッサは、モルガンとファノを交互に見ながら、血相を変えた。


「拳でブン殴られて痛かったろう?―――俺の時は、優しくひっぱたいてやったのになー」


「あれはあれで、アゴが砕けるかと思ったぞ!」


 たたみかけてくるモルガンに、ことさらムキになってアリッサは言い返した。いい加減、主がかわいそうになってきたダイヤは―――いい加減におしよ!という表情を作って、モルガンを目で制した。


 そして、ファノとドラグレアの面々の、そんなやり取りを見ていた村人たちから―――笑い声が上がった。


 それは小さな笑い声から、何かを共有する様な、大きな微笑みの輪に変質していった。


 冷徹な統率者だとばかり思っていた彼女は―――自分たちと同じ様に、様々な感情に揺り動かされる、同じ人間なんだと。


 昨夜の激戦から、アリッサを『恐怖』の対象としか見れなくなった村人の視線が変わった。


 そこには期せずして、奇妙な連帯感が生まれつつあった。


 もしモルガンが、それを狙ったのだとしたら―――稀代の策士を手のひらで踊らせた、この男もまた、恐るべき策士と言えるだろう。


 だが当の本人は、照れくさそうに顔をしかめるアリッサを、ただ暖かく見つめるだけだった。




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