第2話:狂気の目覚め19
「戦いの後は……どうしても、あの日の夢を見てしまうな」
ダイヤの胸に抱かれた事で、落ち着きを取り戻したアリッサは、その身を起こすと、そう呟きながら遠い目をした。
同じ地獄を共に見たダイヤは、何も言わずにアリッサの頭を撫でてやった。
あれから三年―――二人は数々の修羅場をくぐり抜け、アリッサは統率者に、ダイヤは戦士になった。
すべてが、あの日から始まった―――ベルデンの謀叛、そしてシン王グランゼルが画策した、五ヶ国連合軍による祖国『セイの国』滅亡の日。
悪夢としか思えないあの日を、今もアリッサは忘れない。
サーシャを失い、狂乱の獣となったアリッサは、差しのべられたモルガンの手に噛み付いた―――マーサを失ったファノも自分に同じ事をした。
ファノに噛まれた左手の傷を見つめながら、アリッサは悪夢の続きを思い返した―――
サーシャの死を受け入れられないアリッサは、モルガンの左手の親指に噛み付いたまま、「んーっ!んーっ!」と奇声を上げ続けていた。
その目は涙を流しながら、視点を失い、なんのためにモルガンの手に噛み付いているのか、本人さえ分からなかった。
悲しい、ただ悲しい―――このやり切れない思いを、何かにぶつけなければ、わずかに残った最後の自我さえ崩壊してしまう。
噛んだ、ひたすら力をこめて噛んだ―――モルガンの指を食いちぎらんばかりに。その手からは、すでにかなりの血がしたたり落ちている。
誰も動けない―――獣となったアリッサをどうしていいのか分からず、その姿をただ呆然と見つめる事しかできない。
そんなアリッサを、指を食いちぎられんばかりに噛み付かれている当のモルガンだけは、痛みにも動じず、ずっと変わらぬ目で―――その悲しみを理解した、悲しい目で見つめ続けていた。
そしてモルガンは右手を上げると―――少女の頬に優しく平手を入れた。
パーン―――乾いた音が響き渡る。
その口から親指が離されると、その血だらけの手でモルガンは、アリッサの肩に手を置き、
「ベルデンの軍が来るぞ―――」
と、正気を取り戻しながらも、いまだ虚空を見つめるアリッサに現実を突きつけた。
アリッサは両手を地につき、うなだれた―――誰もがその姿に、この少女の心は折れてしまったか、と感じた。
だが―――しばしの沈黙の後、
「クックックッ、クックックッ―――アーッハッハッハッ!」
この少女は下を向いたまま、狂った様に笑い出した。
ついに本当に気がふれてしまったのかと、ダイヤが心配して駆け寄ると、アリッサはスクッと立ち上がり、
「ダイヤ、お前の言った通りだったな」
半笑いの表情で、顔に手を当てながら、自嘲する様に語りかけてきた。
「あ、アリッサ―――?」
突然の変貌にダイヤはついていけない。だが構わずアリッサは続ける。
「斬って、斬られて、痛くて、辛くて、そして今は……惨めな敗者だ」
そしてモルガンに向き直ると、
「モルガン―――お前は『守る事』は『攻める事』より大変だ、と言ったな……まったく、その通りだ」
天を仰ぎ、今度は毅然とした目と声で語った。そして剣を高々と掲げると、怒りの形相に変わりながら、
「アレグラドーーー!」
と、己の父を呼び捨てにしながら、言葉を繋ぐ。
「なぜあなたは国を、民を―――母様を守れなかった。守ろうとしなかった!」
怒りが―――ただ、ひたすら怒りがこみ上げる。
「何が攻城の名人だ!国家最高の将軍だ!―――あなたは何ひとつ守れなかったじゃないか!国も、民も、母様も!」
もはや『大義』などはどうでもよかった―――憎い!―――攻め来る者が、ただただ憎い、憎い、憎い!
「私は……あなたに復讐する。私は攻め来る者を討ち果たしてみせる!クックックッ、クックックッ」
皆が見つめる中で、少女は新たな覚醒を遂げた―――そして、モルガン、ダイヤ、トロワに向き直ると、
「ベルデンの軍を迎え討つ!―――力を貸してくれないか?」
と、統率者の目で言った。その目に三人は、無言で頷いた。




