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第2話:狂気の目覚め17

 ダイヤはまず、モルガンが駆け出した先にいる兵に向かって―――続けざまに三射連続で矢を放った。


「うわっ!」「ぐえっ!」「ああっ!」


 揃って肩を射抜かれた標的は、三者三様の叫びを上げながら、手にした武器を手から落とした。


「うっひょーっ!姉ちゃんすげえな!」


 モルガンは、ダイヤの射撃術に感嘆の声を上げると、兵が取り落とした槍を拾い上げ、そのまま体をひねり旋回すると―――一気に三人の首を、宙に斬り飛ばした。


「あああああーーーっ!」


 エンの兵は、ダイヤの射撃に続く、モルガンの武技に驚愕し、叫びを上げながら、さらに後ずさった。


 強い!―――なんて強いんだ、こいつは!


 アリッサも驚愕した―――宮殿を包囲した見事な陣形から、並みの将ではないと見込んでいたが、その戦闘能力もまさに桁外れだ。


「すまねえな―――俺は、エンのトロワだ」

「俺は、シンのモルガンだ」


 トロワは、自身に加勢してくれるモルガンに向かって名乗りを上げると、モルガンも同じく名乗りを上げた―――武人同士にそれ以上の言葉は必要なかった。二人はそれだけで邂逅を終えた。


「おい、オッサン!いつまでも射線にいるんじゃないよ!―――邪魔なんだよ!」


 ダイヤの声に、モルガンは苦笑すると、


「その通りだ!―――チンタラしてっと、姉ちゃんに背中を射たれちまうぜ!」


 そう言いながらトロワに目配せした次の瞬間、モルガンとトロワは左右に分かれ、エン兵の両翼にそれぞれ突撃し、ダイヤは空いた中央に向かって、再び矢を射ち込んだ。




 モルガンの圧倒的戦闘力と、卓越した武技を持つトロワの活躍で、戦況はほぼ互角の展開となった。ダイヤの援護射撃も、もちろん効果をあげている。


 だが、いかんせん数が違う―――散開戦術をエン兵が取りだすと、数の少ないアリッサたちは押し込まれ始めた。


 そしてこの戦の本陣ともいえる―――アリッサとサーシャたちの周囲に、ついにエン兵の凶刃が迫ってきた。


「うへへへへ!」


 下卑た兵の笑いに、アリッサは怒りを爆発させ、力まかせに剣を振りかぶると、「うおーっ!」と気合いの声を上げながら前に進み、大上段から斬りつけた。


 それを見たモルガンが、「バカ!下がれっ!」と叫んだが、遅かった。


 しょせんは少女のにわか剣技―――エン兵は、その打ち込みを片手で払うと、ベルデンの時と同様、アリッサは剣ごと吹っ飛ばされ、地に転がった。


「えへへ、残念だったな小娘」


 アリッサを吹き飛ばしたエン兵は、舌なめずりしながら笑う―――そして、その首を跳ねんと、高々と剣を振り上げた。


「アリッサー!」


 モルガンが、トロワが叫ぶ―――各々、包囲陣形を取られ、アリッサのもとまで、とても間に合いそうにない。


 ここで……こんなところで終わるのか、私は……。


 結局、私も―――何も守れなかった。


 アリッサは無念の思いを噛み締めた。


 だが、アリッサを斬らんとしたエン兵は、


「あ、あああああ―――」


 と、意味不明の呻きを上げると、膝をつき崩れ落ちた。


 そして、その顔がアリッサに近付くと、その額には―――後ろから深々と矢が突き通っていた。


 その延長線上には、肩で息をしながら、目をひん剥き、立ちつくしているダイヤの姿があった。


 アリッサとサーシャたちを守るために、『人を射る』事を決意したダイヤだったが―――その矢は、やはり人間の急所を狙う事はできず、エン兵の肩、腕、足を射抜き続けていた。


 だが、主の危機を救うために放ったその矢で―――ついにダイヤは、人を殺した。


 その事実は彼女に重くのしかかり、「あ、あ、あ」と言葉を発しながら、その体は小刻みに震えていた。


 そんなダイヤに向かって、「このあまぁー!」と、仲間を殺されたエン兵が斬りかかってくる―――だが、ダイヤは呆然と立ちつくしたまま動けない。


 トロワとともに包囲を突き崩し、アリッサを救援するべく駆け出していたモルガンは、「ちいっ!」と叫ぶと、『アリッサの方は頼んだ』とトロワに目で合図すると、自身は進路をダイヤの方へ変えながら―――手にした槍を逆手に持ちかえると、力のかぎりにそれを投げ放った。


 轟音とともに槍は、ダイヤを斬らんとしたエン兵を貫いたが―――斬撃の姿勢に入っていたその刃は、浅いながらもダイヤの無防備な背中を切り裂いた。


「ううっ―――」


 呻きを上げながら倒れるダイヤを、駆けつけたモルガンが抱きとめた。


 傷を確認しながら、「大丈夫だ、浅えぞ」と言うモルガンに、


「フフッ、情けないねえ―――」


 と、正気を取り戻したダイヤは、顔に巻いた布を外しながら、心から自身の不甲斐なさを嘆いた。


「なに言ってやがる―――よくやったぜ、ダイヤ」


 この過酷な状況で、ついにこの女は真に『戦う』という事を決断し、一線を踏み越えた―――それがどれだけ苦しい事か理解しているモルガンの言葉は暖かかった。


「ありがとよ―――モルガン」


「おっ、やっと名前で呼んでくれたな」


「な、な、なに言ってんだ、オッサン!ふざけるな!」


 これもモルガンの優しさなのかもしれないが―――その冷やかしに、ダイヤは傷の痛みも忘れ、本気で怒り出した。


「ヘヘン。さあて、お姫様を救いに行くぜ―――一緒に走れるか?」


「なめんじゃないよ、このくらいの傷」


 ダイヤがそう答えると、「じゃあ、行くぜっ!」という掛け声とともに、モルガンはアリッサのもとに駆け出した。


 トロワが守備についたとはいえ、アリッサを取り巻く状況は悪化していた。


 モルガンの計算では―――自分が突撃し、敵陣を下げながら、アリッサの周囲を空白状態にするつもりだった。


 当初はその通りになった―――だが、エン兵は思いのほか戦慣れしていて、数を活かした散開戦術を取り、ついにアリッサの周囲に兵を進めてきた。


 こうなると本陣を―――アリッサを守護せざるを得ない。


 だがアリッサの周囲には、サーシャだけでなく、侍女、家人など守らなければならない非戦闘員が複数いる―――ただでも他人を守りながらの戦闘は難しい上に、数的不利もある。


 ある意味、状況は最悪になった。だがモルガンは、


 こいつは『守る』と言った―――なら、やるだけだ。


 と、アリッサの言葉を思い出し、覚悟を決めると―――まずはアリッサ一同の安全を最優先するべく、群がるエン兵を追い散らす様に、右に左にと忙しくその周囲をトロワとともに駆け回った。



 奮戦するモルガンとトロワだったが、複数の非戦闘員を守りながらの戦闘は、相手に致命傷の一撃を与えきれず、戦況はジリ貧の様相を呈してきた。


 そして、ついに侍女の一人が、エン兵の刃の餌食となった。


「クソッ、なんて事しやがる!」


 トロワは叫んだが、この場にいるエン兵にとって、もはや非戦闘員だろうが関係はなかった―――荒ぶる戦闘の中、アリッサの仲間は誰であろうと、すべてが殺戮の対象となっていた。


 そんな中、厳しい表情を作ったサーシャはある決断をした―――そして叫んだ。


「みんな、お逃げなさい!―――逃げて、一人でも多く生き残るのです!」


 このままでは、いずれ次々と多くの家臣が殺される事は明白―――そして自分たちが、アリッサたちの足手まといになっている事実にも気付いた、賢婦たるサーシャの苦渋の決断であった。


「さあ早く!皆、バラバラに逃げるのです!」


 サーシャは叫んだ―――そして、その意を汲み取った何人かが、逃げるべく駆け出した。


 ある者は屋敷の外への脱出に成功し、またある者はエン兵の刃にかかり、倒れ動かなくなった。


 そして非戦闘員の数が減った事で、モルガンとトロワの戦闘は格段にやりやすくなった。


 アリッサだけじゃねえ―――大したもんだ、この婦人も。


 エン兵に痛撃を加えながら、モルガンはサーシャの賢明さに舌を巻いた。


 だがサーシャの言葉にも、エン兵の凶刃に怯え、いまだ動けないでいる侍女や家人も複数残っていた―――そんな者たちが、次々と斬り殺されていく。


 サーシャは自身の危険も顧みず、エン兵の間をくぐりながら、そんな侍女たちの背中を押してまわった。ダイヤもサーシャに協力するべく手分けして、侍女たちを逃がしてまわる。


 先刻、自身の迂闊な動きで、戦況を悪化させたアリッサは、防衛戦に参加する事は自重していたが、エン兵の刃がついにサーシャを襲うと、


「母様に近付くなーっ!」


 と叫びながら、サーシャの前に立ちはだかり、真正面からその斬撃を自身の剣で受け止めた。


 だが歴戦の兵の斬撃は重く、アリッサは腰から崩れ、尻もちをつきながら、無様に倒れ込んだ。


 そして初手を打ち込んだエン兵の、第二撃がアリッサを襲った。


 思わずアリッサは目をつぶった―――そして、自身に伝わる生暖かさを感じた。


 何かに抱かれている気がする―――死とは、こんなものか。


 ほんの短い間に、アリッサはそう思った。


 だが開いたその目に映ったものは―――間近にあるサーシャの顔。


 それはアリッサを凶刃から守るため、その身を挺し、エン兵に深々と背を切り裂かれたサーシャの姿だった。


 じゃあ、この生暖かいものは―――母様の血!?


 そう自覚したアリッサは、目をカッと見開き―――覆い被さるサーシャの体から、奇妙なくらいスルリと抜け出すと、正面に立つ、サーシャを斬ったエン兵に向かい、


「お前か―――お前だな」


 静かに言い終わるやいなや―――閃光の様な速さで踏み込み、その腹を深々と刺し貫いた。


 その剣の鋭さは、見ていたモルガンやトロワが息を飲むほどの、まるで別人のものだった。


 そして剣を引き抜くと、その体を蹴り倒し、呻きを上げながら仰向けに転がるエン兵に向かって、アリッサの剣が地をなぞると―――その首は血しぶきを上げ、その身から離れた。


 サーシャの血、そして己が斬った敵の返り血で―――純白だった、アリッサの鎧の上の白装束は、真紅に染まった。




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