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第2話:狂気の目覚め9

『セイの国』の首都―――この大陸の都市は、中世欧州の様な城塞都市を形成していた。


 今、首都の市街には、シン、エン、チョウ、ギ、カンの―――五ヶ国連合軍が侵入している。


 それは、城塞都市の外郭がすでに突破され、その防衛機能がすでに破綻した事を意味していた。


 そして都市の中心―――国主セイ公の宮殿は、今や謀叛したベルデン将軍に包囲されている。


 もはや『セイの国』の運命は風前の灯火であった。




 そんな情勢下の中―――アリッサは走っていた。


 金色の鎧に、金色の剣を佩き、纏う白装束を風に踊らせ、阿鼻叫喚の坩堝と化した街を―――父アレグラドのいる宮殿を目指して、一心不乱に駆け抜けていた。


 守らなければならない―――何を?


 父か?ソ公か?民か?国か?―――


 ―――そのすべてだ!


 アリッサはそう思った―――理由はわからない。


 そのために、それを確かめるためにも―――今は宮殿に行かなければならない―――アリッサに迷いはなかった。


 その道すがら、民が―――蹂躙されていた。


 ある者は荒くれた兵に斬られ、またある者は騎馬の蹄の犠牲となり、家々からは放火と思われる火の手も、あちこちから上がり始めていた。


 アリッサは―――戦争による人の死を、初めて目のあたりにした。


 だが不思議と心は乱れなかった。


 民を守る―――その意味もこめて自分は宮殿に走っている。


 でも今、目の前に倒れる民を助ける事は出来ない―――それは優先順位が違う―――目先の慈悲で、大局は動かない。


 アリッサは少女離れした、恐るべき冷徹な計算をはたらかせ、はかなく散ってゆく民と兵の間を走り抜けた。


「アリッサーーー!」


 しばらく走り続けると、背中にダイヤの声がした―――振り向き「ダイヤか」と声をかけると、追いかけてきた彼女のために、しばし足を止めた。


 ダイヤは憔悴しきっていた。彼女は初めて遭遇する戦の無惨な光景に―――その血の匂い、戦の匂いに、口に手をあて、胃からこみ上げるものを必死にこらえている様子だった。


 これが戦の現実―――アリッサに知った口で、それを語ったダイヤだったが、今それに直面した彼女は、理性を保つのが精一杯だった。


 だがサーシャから託された―――アリッサを守ると。崩壊寸前の彼女の心を支えていたのは、その一念だった。


「ダイヤ―――」


 アリッサはそう言うと、自身の白装束の長い袖を引きちぎり―――それをダイヤの鼻と口に巻いてやった。


「これで少しはマシだろう」


「すまない―――アリッサ」


 情け無い―――アリッサは自分が守るとサーシャに誓っておきながら、今、自分は逆にこの少女に守ってもらっている。


 ダイヤは歯を食いしばると、


「もう大丈夫だよ―――行こう!」


 と、己の主人に向って告げた。




 二人が宮殿に向かって、再び駆け出そうとした瞬間―――


「馬鹿野郎!―――民に手を出すんじゃねえ!」


 一人の男が馬上で叫んでいた。


「俺らが相手にするのはセイ軍だ。民を―――民を斬るのはやめろー!」


 その男は背中に『エンの国』の軍旗を差していた―――そしてその顔は、額から頬にかけて大きな傷跡に眼帯を付けた『隻眼』であった。


 隻眼の男は、自国と違う軍旗を差した兵に向かって、必死に叫び続けている―――だが連合軍という統制のとれない集団に、他国の将の言葉など届くはずもなかった。


「トロワ隊長―――!」


「いいか、エンは、俺の隊はけっして民に手を出すな!できるだけ他国の掠奪も止めろ―――それと民家から上がった火を消すんだ、急げ!」


 部下からトロワ隊長と呼ばれたその男は、掠奪行為を己の隊に禁じると、市街地の救助を合わせて命じた。


 野獣と化した戦場の兵たちの中で、民を気遣うその姿は、いかめしい容貌と相まって―――まさに異彩を放っていた。


 そして不意に―――トロワとアリッサの目が合った。


「ガキが!こんな所で何してやがる―――鎧なんぞ着やがって、死にてえのか!」


 すかさずトロワの怒声が、アリッサに向かい投げつけられた―――乱暴な言葉だが、これも彼なりの優しさは込めたものであった。


 アリッサはキッとトロワを睨みつけると、


「ガキではない!―――私はアリッサだ!―――国を守る大義のため、宮殿に向かっている」


 と、己の所信を臆する事なく、怒鳴り返した。


 これにはトロワが呆気に取られた―――


 なんなんだ、このガキは―――血みどろの戦場に、堂々とド派手な鎧を纏って、口にする言葉は―――国を守る大義、だと。


 顔を引きつらせ、トロワが考えこんでいると、


「おおっ、このガキ、金色の鎧を着てやがる」

「剥ぎ取れ!こりゃいい金になるぞ」

「腰の剣も上物に違いないぜ」


 と、その背中にひどく下卑た声が、束になって聞こえてきた。


 ダイヤがアリッサを守るべく、その前に立ちはだかるのと、トロワが憤怒の形相で、その声の方向に振り向くのが同時であった。


「てめえらーっ、何ぬかしてやがる!―――もしこのガキに手ぇ出しやがったら、てめえらを俺がたたっ殺してやる!」


 そう叫びながら、トロワは声の主たちを見渡した―――その軍旗は、チョウ、ギ、カン―――そしてトロワの祖国エンの旗も混じっていた。


 なんなんだチクショウ―――トロワは叫びたかった。


 だが、そのかわりに、


「行け、アリッサ!―――お前の大義とやらが、何かは知らねえが―――ここは俺が誰一人、お前に手出しはさせねえ!」


 振り向かず、背中を向けたまま、アリッサに向かってそう告げた。


「トロワといったな―――感謝するぞ」


 そう言うと、アリッサはダイヤと頷き合い、宮殿に向かってその場を離れた。


 ああいう武人もいるのだな―――アリッサは、トロワの義侠心に胸を熱くした。




 阿鼻叫喚の市街を、凶刃をかわしながら、二人は走り続けた。そして目指す宮殿の姿がその目に入った時―――愕然とした。


 宮殿はベルデンの軍に包囲されたと聞いていた―――だが、アリッサの目に映ったのは、とてもベルデンの手兵だけでは敷く事のできない、圧倒的兵数による見事な包囲陣形であった―――とても入り込める隙などありそうにない。


 そして、呆然とするアリッサたちの耳に、


「申し上げます!―――今しがたベルデンの軍が、セイの近衛軍を撃破。宮殿内に乱入しとの由」


 という、伝令らしき男の叫び声が聞こえてきた。


 近衛軍が破られた―――父様が、ソ公が危ない!急がねば!


 緊張したアリッサが身構えた時、その緊張をぶち壊す様な腑抜けたやり取りが、彼女の耳を襲った。


「モルガン将軍!―――我らも突入いたしますか!?」


「あーん?行かねえ、行かねえ―――こりゃ身内同士の内輪揉めだろう?」


「は、はあ……」


「じゃあ俺たちは関わっちゃいけねえ―――俺たちは、事が終わるまで、ここを囲んどきゃいいんだよ―――休んどけ、休んどけ」


 おどけた仕草で、兵たちが苦笑いするほどの腑抜けた言葉を放つ―――モルガンと呼ばれた白髪の将軍が、ほんの一瞬だけ―――苦い表情をしたのを、アリッサは見逃さなかった。




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