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第2話:狂気の目覚め6

「なあアリッサ―――少し話があるんだ」

「なんだ、ダイヤ?」


 二人は今、屋敷の裏手にある弓の稽古場にいる。もちろんアリッサは先刻、アレグラドから贈られた金色の鎧を纏ったままで、それが嬉しくて始終上機嫌な笑顔を見せている。


「いくさ―――の事なんだが」


 ダイヤはそう言いながら、短弓の引き絞った弦を離した―――放たれた矢は、見事に的の中央に突き立った。


「先程の父様の戦の話か!?―――すごかったよなー、川をせき止めて水の手を切って、偽の情報でロ公を捕らえるなんて」


 アリッサはさっきの興奮が蘇ったのか、弾んだ声で答える。


「確かにお屋形様の戦はお見事だ―――でも、あたいが言いたいのはそれじゃない」


 ダイヤは少し表情を険しくして、そう言った。


「じゃあ、なんなのだ?」


 次はあたしだ、と短弓を構え、まるで自分が歴戦の将軍になったかの様な気分に浸っているアリッサは、それでも楽しそうに問い返した。


 アリッサが矢を放つ―――だがそれは的を大きく外し、あさっての方向に飛んでいった。


「うーん、やはり難しいものだな、弓というものは―――なあ、ダイヤ―――ダイヤ?」


 返事をしないダイヤに、アリッサは向き直り―――そこで、ようやく彼女の憂いに満ちた表情に気付いた。


「どうしたというのだ?」


「なあアリッサ、戦ってさあ、あたいたちが―――あんたが思ってるほど、生やさしいものじゃないと思うんだ」


 覚悟を決めた様に、ダイヤは緊張しながら語りかける。


「それは戦争だからな―――やさしくはないだろうな」


「そうじゃなくて!―――」


 わかってない―――アリッサは、サーシャが心配した様に、戦を甘く見ている。そう感じたダイヤは、声を荒げた。


「戦っていうのは、命のやり取りなんだよ―――斬って、斬られて、痛くて、辛くて、きっとそんな事ばっかりなんだよ―――アリッサが思ってる様な、絵巻物の物語みたいなものじゃなくて、きっととてつもなく嫌な匂いがするものだよ!―――英雄だけじゃ、勝者だけじゃない……そこには惨めな敗者だっているんだ!」


 一気にまくし立てられ驚いた顔をしたアリッサに、ダイヤは我に返り、「ごめん―――」と言いながらも、言葉を繋ぎ、


「でも奥方様と同じ様に、あたいもあんたの事が心配なんだよ」


 と、悲しそうな顔をした。



 しばしの沈黙が流れ―――


「ダイヤはその弓で―――人を射った事があるのか?」


 先に口を開いたのは、アリッサだった。


「ないよ―――この弓はここに来るまで、生きるために、狩りをするためにしか使った事はない―――この弓は人を射るためのものじゃない」


 この時から四年前―――アリッサが十歳の時に、二十歳だったダイヤは、アレグラドの遠縁の娘として、この屋敷に連れてこられた。


 そしてアリッサの従者となって以来、親類という事もあり、ひとりっ子の彼女と今日まで姉妹の様に育ってきた。


 戦に憧れるアリッサにとって、弓の上手いダイヤは憧れだった―――ようやく最近、弓が引ける腕力がつき、暇をみては手ほどきをせがんでいたが、彼女がその弓で人を射った事があるかなど考えた事はなかった。


 そして、この弓は人を射るためのものじゃない、というダイヤの言葉の裏に―――人を射るための弓もある、という事実を聡明なアリッサは感じ取った。


 また少し沈黙が流れ―――


「すまん、ダイヤ―――少し、あたしも考えてみるよ」


 アリッサは少女の顔に、大人びた苦笑いを浮かべた。


「あたいも急にごめんな。でも、奥方様も心配している―――一緒にゆっくり考えような」


 思い返せば、まだアリッサは十四歳の子供だ―――そんな彼女に十も年の離れた自分は、大人の論理を頭ごなしにぶつけてしまったかもしれない―――そう悔いたダイヤの声は優しかった。


「うん―――」


 そう答えたアリッサは、左腰に手をやった。


 そこには鎧とともに、アレグラドより贈られたもうひとつの武具―――金色の鞘に包まれた、戦闘用の剣があった。


 鎧に続いてこの剣をもらった時、アリッサの心は踊った―――それを身に付けた時、まるで英雄になったかのような気分だった。


 業物ながらアリッサの体格に合わせ、小さいつくりになっているその剣を、彼女は心を弾ませながら軽々と腰にいた。


 その軽かった剣が―――今はたまらなく重い。


 斬って、斬られて、痛くて、辛くて、英雄、勝者、惨めな敗者―――


 ダイヤの言葉が、アリッサの頭を駆けめぐる。


 ならば戦とはなんだ、平和とはなんだ―――攻める事とは、守らなければいけないものとはなんだ。


 利発で聡明ゆえに、アリッサの思考は一足飛びに、その上をいく大局を考えた。


「おい―――アリッサ?」


 自分でも気付かぬうちに、険しい顔つきになっていた事を、心配そうなダイヤの声で気付いたアリッサは、


「ああ大丈夫だ、うん―――これからも私と一緒に考えてくれな、ダイヤ」


 見えすいた作り笑顔を作ると、


「ああ、そうだ、あれを見せてくれよ―――三つの的に次々と当てるやつ」


 ダイヤに弓の妙技を披露する様にせがんだ。


 まだ少女の心でアリッサは苦悩している―――そう悟ったダイヤの胸は痛んだ。


 妙義を見せろと言ったのも、その場しのぎの取り繕いだろう―――でも、それでアリッサのためになるなら―――ダイヤも精一杯の作り笑顔を見せると、弓を構えた。


 一射、二射、三射―――数秒の間隔で、ダイヤの弓は続けざまに三本の矢を放つと、それはすべて並んだ的の中央に突き立った。


 アリッサは、ひときわ大げさな喚声を上げる―――



 そんな二人のやり取りを―――サーシャは屋敷の窓から見つめていた―――彼女もまた、我が娘の葛藤に胸を痛めながら。


 そして視線を、暮れかかる空の下に見える宮殿に移した。


 国主セイ公の宮殿では、『ロの国』平定の、戦勝の宴が開かれていた。




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