第2話:狂気の目覚め5
「それで城は降参したの?」
「いや、水の手を失ってもすぐには籠城兵の士気は衰えない―――ここが最後の城だからな」
アレグラドの語り口調も、もはや物語の語りべの様に、饒舌を極めていた。
「だがな、いくら士気は高くとも、水を断たれれば体がついていかなくなる―――そして『心』がついていかなくなる」
「こころ―――」
アリッサは、今度は父の言葉が理解できた。
「体力の衰えた城内の兵は、日に日に『死』を意識し始める―――士気は高くとも『心』は折れていくのだ」
『死』という言葉にダイヤは一瞬、顔をしかめた―――アリッサに聞かせたくない言葉だ―――サーシャの心を思うと、いたたまれない気持ちになる。
だが、そんなダイヤに気付かないアリッサとアレグラドは、無邪気に話を続ける。
「それで、心の折れた城に総攻めを仕掛けたの?」
「いや、まだだ―――死を覚悟した兵は『死兵』となる。さらに最後の城ともなれば、一人でも多く我らを討ち取って、華々しく散ろうとするものだ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
アリッサは目付きを険しくして問う。
「生かしてやるんだ―――死を覚悟した兵に、生きたい、生き延びる道があるんだ、と思わせてやるのだ」
ここでアレグラドは、自身は意識していなかっただろうが妖しく笑った―――その面持ちにアリッサとダイヤは、ともに緊張した。
「籠城兵の体力が限界に達したと思われた頃に、城内に偽の情報を流した―――せき止めた川が氾濫を起こし、城の東側にセイは陣を敷けなくなった、とな」
次から次に繰り出される策に、目を丸くするアリッサは、もう次を急かす言葉を発しなかったが、自身の策の結末を披露したいアレグラドはかまわず続ける。
「そして総攻めにかかった!どうなったと思う?―――一度は死を覚悟した城兵が、『生きるため』に城の東から我先にと逃走した―――ロ公までもが」
心が―――力を上回ったのか。
すべてを理解したアリッサは、感動を覚えた。
「あとは簡単だった―――陣を引いたと思わせた東側に、伏兵を敷いていたからな。逃走する弱った兵を叩き、ロ公を捕らえ―――これで戦は終わった」
「すごい!すごいよ父様!」
話を聞き終えたアリッサは、抑えていた感情を爆発させ、弾けんばかりに父を―――その策を賞賛した。
「そうか、そうか」
満足そうにアレグラドも笑う。そんな二人に、表向きはダイヤも笑顔を見せたが、心中は穏やかではない―――アリッサは戦の実情も知らずに、手放しでそれを楽しんでいる。
ダイヤはふとサーシャの方に振り返った―――やっと終わったか―――サーシャはそんな表情をしていた。
心配になったダイヤが、サーシャに向かい席を立つと、
「おい、ではあれを持ってきてくれ」
というアレグラドの侍女に命じる声が、背中に聞こえた。
少し後、二人の侍女がおごそかに運んできた物は、
―――金色の鎧であった。
しかも、通常の鎧よりも小ぶりである。
まさか!―――アリッサは狂喜し、サーシャとダイヤは愕然とした。
「アリッサ、お前の鎧だ―――今度の戦に勝ったら、その祝いに、お前にやろうと思って作らせておいた」
「父様―――!」
「お前は私の様な将軍になりたいのだろう」
「ありがとう!ありがとう、父様!」
アレグラドにしてみれば、子供に洋服やおもちゃを与えるぐらいの気持ちであったろう。
しかしサーシャは、無邪気に喜ぶアリッサに、先刻から感じる言いしれぬ不安をさらに深くした。
「父様、着てみたい!」
アリッサは、周囲にいるのが父以外、すべて女性だったので、気兼ねなく身につけた純白の装束を脱ぎ捨てると、あっという間に下着姿になってしまった。
「おいおい」
皆が呆然とする中、アレグラドも苦笑いを浮かべたが、自身のプレゼントに、予想以上の喜びを見せる愛娘の望みを叶えてやった。
アレグラドの手によって、金色が―――ひとつ、またひとつと、アリッサの体を彩る。
そして、そのすべてを纏うと、アレグラドはアリッサが脱ぎ捨てた純白の装束を、その上から着せた。
その場にいる誰もが―――サーシャまでもが、金色の鎧を白装束の下に纏う、アリッサの可憐な美しさに心を奪われた。
当のアリッサは、初めて身に纏う鎧の嬉しさに、ただただ無邪気に笑っていた。
そして、この可憐な白装束は―――やがて無惨に、真紅の血に染められる事となる。




