第2話:狂気の目覚め4
『セイの国』の南西部に、隣接する様に内在する『ロの国』の絵図面を、アレグラドが広げるとアリッサは目を輝かせた。
「この国を父様が平定したんだね」
「いや、ほとんどはベルデン将軍が攻略していたのだが、ロ公が立てこもる最後の城に手こずってな―――それでベルデン将軍に代わって、私が城攻めにかかったのだ」
『ロの国』討伐は当初、大将軍であるアレグラドではなく、次席の将軍の地位にあるベルデンが、遠征軍を率いていた。
順調に平定を進めたベルデンであったが、最後の城―――ロ公の立て籠もる城は頑強な抵抗を見せ、戦況はあと一歩のところで膠着状態に陥った。
城を落としあぐねるベルデンに、ソ公はアレグラドとの交代を命じたが、彼はそれを数ヶ月に渡って拒否―――いたずらに月日を浪費する有様であった。
そして、ついにソ公からの厳命が出ようかという寸前、ベルデンは交代を受諾―――ついにアレグラドがロ公の城を落とすべく出陣した。
「ベルデン将軍って意地っ張りなの?―――早く父様に代われば良かったのに」
アリッサは、父の出陣を遅らせたベルデンに憤りを覚え、頬をプクッとふくらませて不満を顔に浮かべた。
「まあ、そう言うな―――ベルデン将軍もあと一歩のところまで平定を進めていたのだ―――最後の晴れ舞台を、譲りたくはないという気持ちは、私にも理解できる」
アレグラドは、アリッサのベルデンに対する抗議に対し、彼を庇った。
「それで父様は、どうやって最後の城を落としたの?―――早く教えて」
急かす様に絵図面をのぞき込むアリッサに、アレグラドは「よしよし」と答えると、城攻めの話を始めた。
「私が着陣した時には、すでにベルデン将軍によって、城は幾重にも包囲されていた―――だが、最後の城は堅固な造りで、食料も十分に備蓄され、何よりもロ公をはじめとする城兵の士気が高かった」
「ここが落とされたら―――終わりですからね」
隣に座るダイヤが、アレグラドの状況説明を冷静に分析すると、アリッサは対抗心を燃やし、
「父様、堅固な城を攻めるには、籠城兵の十倍の兵力が必要なのでしょう」
と、かつてアレグラドから教わった知識を、得意満面に披露した。
「その通りだ、アリッサ―――堅固で士気の高い城に、いたずらに力攻めを仕掛けるのは愚策だ。だからベルデン将軍も攻め手を欠いてしまったのだろう」
「それで―――それで、父様はどうしたの!?」
父に褒められたアリッサは、上機嫌になって話の続きを急かす。
「力で落とせない城は―――『心』で落とすのだ」
「こころ―――?」
アリッサは、父の言葉が理解できずに、けげんな表情を作った。
「これを見てごらん―――」
アレグラドは新たに、城の周囲の絵図面を広げた。
「この城はな、小山をうまく利用した天然の要害だが、山城ゆえに問題も抱えている―――水の手だ」
そう言いながら、城の南に流れる小川を指差した。
「食料があっても、水がなくては人は生きていけない。水は生命線なのだ―――その生命線を、この城は南にあるこの小川に頼っていたのだ」
今まで聞いた事のない話の展開に、アリッサは言いようのない興奮を覚えた。
「もちろん相手もその事はわかっている―――だから城の南に堅固な出城を造って、小川を死守していたのだ。これでは手が出せない」
言葉を失い、目で『それで?それで?』と訴えてくるアリッサに、アレグラドも気持ちが高ぶり、
「そこで私は考えた―――」
と、思わせぶりな節まわしで、一呼吸おいてから言葉を発した。
「では、この川を消してやろうと」
川を消す?―――アリッサには、話が壮大すぎて思考がついていかない。キョトンとする娘が、アレグラドはたまらなく愛おしかった。
「消すといっても本当に消すわけじゃない―――この城に川の水がこなくなれば良いのだ」
アレグラドの言葉に、アリッサはピンときた―――なるほど、川のあるその土地を攻略できないのなら、川自体を変質させてしまえば良いのか、と。
「川を―――せき止めたのですか!」
次の瞬間には、アリッサは叫んでいた。
「その通りだ!―――川の上流をせき止め、さらにその上流で分岐する支流に流れを繋いで、半月で城の水の手を枯らしてやったのだ」
「すごい!」
「これが工兵の力だ!―――戦は力だけでするものではない、時には土木の力が戦を制するのだ!」
いつの間にかアレグラドも興奮し始め、声が大きくなっていた。