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第1話:守兵団2

 トロワの予測通り、昼頃にアリッサ一行は、大陸南方『ソの国』の中央に位置する、とある村に到着した。


「ドラグレアの皆様ですか、遠路ご足労をおかけいたしまして申し訳ございません」


「フン―――ソ公からの肝いりでもある。礼には及ばぬ」


 アリッサは誠実さだけが取り柄の様な、老いた村長からの慇懃な挨拶をいきなり、にべもなく切り捨てた。




『ソの国』は―――乱れていた。


大陸の南方大部分を領する大国ではあるが、平地の少ない山岳国家で、農業生産力は肥沃な平地を持つ北方、東方に比べて極めて低い。


加えて多民族国家であるゆえに紛争が絶えず、統一国家の体面は保たれているが外征どころではなく、常に国内の問題に忙殺されている有様であった。


 国内の治安維持に正規軍を派遣しきれないこの国は、守兵団という傭兵働きをしているアリッサたちドラグレアにとっては格好の『お客様』であり、今やその評判を聞きつけた国家君主―――ソ公から、様々な紛争鎮圧を直接依頼されるまでになった。


今回の依頼も、野盗団の鎮圧をこの村から要請されたソ公が、正規軍を派遣できないかわりにに、アリッサたち『守兵団ドラグレア』を差し向けたものであった。




「さあて村長。ソ公から我らを迎え入れるに当たっての条件は聞いていると思うが―――承服ということで間違いはないな」


 アリッサは、形式だけで意味のない挨拶を早々に切り上げると、冷たく突き刺すように村長に問いを投げかけた。


「は、はい―――」

村長が言葉を詰まらせながら返答した瞬間―――


「村長!やはりやめましょう」

 傍らに控えていた青年が、叫びを上げた。


「バート、何を言うんだ」


「村長、こんなどこの馬の骨ともしれない傭兵に頼らなくても、我々の力だけで村を守りましょう」


「それができれば―――そうしている。だが私たちに野盗を追い払う力はない。国軍の助けも見込めない。だがソ公は私たちをお見捨てにはならず、ドラグレアの皆様を送ってくださった―――おすがりするしかないのだ」


「いや、私に考えがあります!絶対に―――絶対にあんな条件を受け入れるべきではありません、村長!」


 バートと呼ばれた青年は、村長にたしなめられながらも不満の色を隠さずにまくし立てた。


「もうよすんだバート。これは決めたことだ」

「しかし村長!」


「ああ―――どちらでも良いぞ。我らを受け入れるも、受け入れずとも。ただし―――今すぐ決めろ!時が惜しい」


 引き下がらないバートに業を煮やしたアリッサが、不愉快な表情で決断をせまった。


「も、申し訳ない、アリッサ殿―――私どもは、あなた様方におすがりいたします。条件も承服いたします」


「―――そうか」


村長の慇懃な謝罪と返答に、アリッサは不敵な笑みを浮かべた。


「バートの非礼、平にご容赦くださいませ。この者も村を思ってのことでございます。なにとぞ、なにとぞ」


 地にひれ伏さんばかりの村長の謝罪にも、それでもバートはアリッサを睨みつける姿勢を崩さない。それどころか、


「たった八人で、何ができる―――」

と、悪態をつく始末である。


「クックックッ、我らが守る所、これすなわち難攻不落―――野盗団など、ひねり潰してくれよう」


むしろアリッサは上機嫌にそう言いながら、己を真っすぐに睨みつけるバートの瞳を覗き込んだ。


「フン、いい目をしているな―――生きようとする者の目だ―――嫌いではない」


 何か得体のしれない魔物に語りかけられている様な気分になったバートは、不快の念をあらわにした。


「お前の生きようとする意志……そして私の生きようとする意志……勝つのはどちらかな―――フフフッ、フフフッ」


 アリッサの不気味な笑いが、空間を凍りつかせながら、こだまする。そして気をのまれたバートは、もう何も言い返せなかった。


「おしゃべりが過ぎたな。さて仕事にかかろう―――村長、村人を全員集めろ」


 我に返り、冷静な表情を取り戻したアリッサは、唐突に村長に命じた。


「ぜ、全員でございますか」


「そうだ全員だ。女子供、赤子にいたるまで村人全員だ―――急げよ」


 言い捨てると、驚き慌てる村長には目もくれず、アリッサは後ろに控えていた、七人の仲間に向き直った。


 アリッサの呪縛から解かれたバートは、村長に向かって再び談判を始めたが、その声はもはやアリッサの耳には些末な雑音に過ぎなかった。




 白い歯をむき出しにして、勝ち誇った笑みを仲間に向けた瞬間―――アリッサの視線は、そのはるか後方にポツリとたたずむ一人の少女を捉えた。


 青い髪を顔全体に伸ばした―――異形の少女が真っすぐに自分を見つめている。


いや、顔面を髪で覆った少女の視線など、うかがい知るべくもないが―――アリッサにはそう思えた。




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