第2話:狂気の目覚め3
アレグラドの雄姿にみとれ、しばし呆然としていたアリッサだったが、我に返ると大きく息を吸い込み、
「父様ーーーっ!」
と、満場の民が皆驚くほどの大音声で、父に呼びかけた。
「アリッサー!」
アレグラドも声の主である愛娘を見つけると、大きく手を振りながら、その名をこれもまた大音声で叫んだ。
民は、英雄将軍とその愛娘のやりとりに目を細め、この将軍がいる限り『セイの国』の未来は明るい―――誰もがそう思った。
その明るい未来が―――間もなく打ち砕かれようとは想像できるはずもなかった。
アレグラドはセイ公に『ロの国』平定の戦勝報告を済ませると、妻と娘の待つ屋敷にまっすぐ帰ってきた。
「お帰りなさいませ、あなた―――戦勝、お喜び申し上げます」
「うむ、ベルデン将軍のあとを受けての討伐であったが、なんとか平定する事ができた。また屋敷をあけてしまい、お前にも苦労をかけたな」
サーシャの挨拶に、アレグラドが妻を思いやり、その労をねぎらっていると、
「ねえ父様、今度の戦の話を聞かせて!聞かせて!」
アリッサが待ちきれないとばかりに、両親の会話に割り込んできた。
「こら、アリッサ―――あなたはご挨拶も済んでないというのに」
サーシャは困った顔で、娘をたしなめたが、
「ハッハッハッ―――いいぞ、アリッサ。どんな話が聞きたい?」
アレグラドはアリッサを抱き上げながら、笑顔で問いかけた。
「父様が城を落としたお話!」
「城攻めの話か、よーし」
得意とする攻城戦の話を愛娘にせがまれ、アレグラドがそれに応じようとすると、
「あなた、アリッサに戦の話をするのは、もうおよしください」
と、今度はサーシャが親子の会話に割り込んできた。
「サーシャ……」
アレグラドは一瞬ためらいの表情を見せたが、
「もう、母様はいつも戦の話はダメって言うんだから―――父様のお話なんだから。さっきだってね、民がみんな父上の事を『英雄』だって褒めてたんだよ」
アリッサは、母の苦言にも勝気にひるまなかった。
「あたしは―――父様みたいな、城攻めの上手い将軍になるんだ!」
「ハハハ、そうか―――アリッサは私みたいな将軍になりたいのか」
「うん、だから城攻めのお話を聞かせて、父様」
「よしよし、話してやるぞ―――絵図面も見せてやろう」
娘の言葉にアレグラドは上機嫌になり、サーシャの憂いも忘れ、アリッサを抱きかかえたまま、居間の広いテーブルとソファーに向かってその場を離れた。
残されたサーシャは目を閉じ、その憂いをさらに深くした。
「奥方様……」
同じく残されたダイヤは、サーシャの心を思い胸を痛めた。
「ダイヤ……何かあった時には―――アリッサの事をよろしくね」
「――――――!」
声を落として密かに告げたサーシャの言葉に、ダイヤは息をのんだ。
「何がどうって訳じゃないの―――でも、何か大変な事が、私たちとあの子の身に起こった時は―――ダイヤ、あなたがあの子を守ってあげてね」
「この命にかえても―――アリッサは私が守ります、奥方様」
サーシャのただならぬ様子に、ダイヤも何かを感じ、緊張の面持ちで―――だが揺るがない覚悟で、アリッサへの思いを述べた。
「ありがとう、ダイヤ―――その言葉が聞けて安心したわ」
「奥方さ―――」
「おーい、ダイヤー!何をしている―――一緒に父様の話を聞くんだろう!早く来い」
サーシャに何か語りかけようとしたダイヤの言葉は、アレグラドの戦話を待ち望む、アリッサの無邪気な呼びかけに遮られた。
それでもその場を離れがたいダイヤに、
「行きなさい」
サーシャは微笑みながら、その背中を優しく押した。
サーシャが感じた不穏な予感―――『セイの国』滅亡は刻一刻と近付いていた。