第1話:守兵団23
『東の民』の村を、まるごと焼き尽くした壮大な火計―――
支配者―――だからお前たちの村を灰燼に帰そうと、私の自由だ―――そう宣言するアリッサに、東の民は怨嗟の声を上げ続ける。
しかし、それを見つめるファノは、アリッサが悪い事をしたとは思えなかった。
アリッサが野盗の死体を晒し者にした時、それを―――ひどい事、と自分は言った。
だがそれも誤解だった―――今、ファノはそう思う。
何が誤解だったのかは、わからない。でも今はそうしたアリッサの気持ちに寄り添いたい―――ただそう思った。
そして、戦場のすべてを手のひらで踊らせた―――自分の魔眼さえ及ばなかった策略に、深い感動を覚えた。
悪魔の様な表情で、狂った様に笑うその姿さえ、彼女の―――アリッサの生きている姿なんだ。ファノはアリッサをそう理解した。
戦の大勢は決まった。村の―――アリッサ率いる『守兵団ドラグレア』の勝利で。
東の民が完全に意気消沈し、怨嗟の抗議を諦めると、アリッサは野盗の大将に目を移した。
その姿は憔悴しながらも、怒りに満ちていた。
地獄と天国を交互に見せる様な、筋書きじみた戦術。そして配下の常人離れした力量。すべてにおいて自分は、自分たちは敗れた―――この小娘に、この守兵団に。
このまま最後の突撃を敢行し、あの小娘と刺し違えてくれようか。だが勝算は低い―――そんな、どうにもならない思考にとらわれた顔だった。
「いいぞ、軍を引け」
アリッサは大将に向かって、意外な言葉を投げつけた。
「安心しろ―――追撃もせん」
低い櫓の上ながら、アリッサは完全に相手を見下ろし、そして見下した態度で言葉を繋いだ。
「―――!」
野盗の大将には、アリッサの意図がわからない。
追撃はしない―――とは言ったが、これも策なのではないか?
撤退を始めた刹那、また第二、第三の秘められた策が出現するのでは―――
大将の思考は混乱を極めた。だが、アリッサは別の事を考えていた。
ここで目の前にいる野盗を殲滅する事は可能だ。だがマルコの調査では、まだ野盗団には残存勢力がいる。
全滅させた挟撃部隊を加えて、かなりの数を討伐した感触はある。だが残存勢力を残しておけば、いずれまた奴らは新たな大将を選び、新たな野盗団としてこの村に襲いかかってくるだろう。
アリッサの狙いは、野盗団の完全なる殲滅―――そのためには、もう一度、今度は野盗団の全勢力をもって、再来襲させる必要があった。
「どうした、軍を引く気力も失せたか?」
アリッサは高笑いとともに、野盗を挑発した。
進むも地獄、引くも地獄、それなら―――野盗の大将が出した決断は撤退。アリッサの追撃しないという言葉に一縷の望みを、そして再戦による復讐に賭けた。
我が策のすべてが成れり―――
アリッサはそう判断すると、撤退を始めた野盗団の背中に向かって―――再来襲を確実なものとするために、
「覚えておけ、我らの名は『守兵団ドラグレア』―――我らは難攻不落、『難攻不落のドラグレア』だ!」
侮蔑に満ちた大音声で、誇らしげに我が団の名を投げつけた。
野盗団の撤退が始まった―――それは重い足取りで。
そして戦場には、村を裏切り野盗に加担した、バートをはじめとする『東の民』が取り残されようとしていた。
『西の民』からの視線―――アリッサを罵った彼らが、今度は怨嗟の対象となるのだ。東の民はそれに怯え、その場に崩れ落ちた。
「おい、俺たちを見捨てるのか!」
バートは撤退する野盗団に向かって叫んだ―――だが誰も振り向く者はいない。
進退極まった。西の民を皆殺しにし、その肥沃な畑を己の手中に収め、積年の恨みを晴らす―――そのすべてが、まさに灰燼に帰した。
だがバートという男は、まだ諦めなかった。
「くそーっ、お前だけでも連れて行けば!」
身をひるがえし、そう叫ぶと、野盗が望んだ『異能の民』―――ファノに向かって駆け出した。
こいつを連れて行けば―――俺だけは助かる。その一心だった。
アリッサの火計による衝撃で、西の民は呆然となり分散してしまっている―――今、ファノの周りには誰もいなかった。
バートは喚声を上げながら、ファノに近付く。
そしてあと少しで手が届く、そう思われた瞬間―――駆けつけたマーサが両手を広げ、その前に立ちはだかった。
「邪魔するなー!」
逆上し、目を血走らせたバートは、迷わず槍を突き出した―――そしてファノの盾となろうとしたマーサの体は、その凶刃に貫かれた。