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第1話:守兵団22

 何かが爆発した様な轟音に、皆の視線が一斉にその方向に移った。


 爆音は東から―――今まさに、野盗の別働隊が進撃してきている、村の『東の民』の居住区あたりからであった。


 何が起こったのか一同、まだ理解ができない。だが先程までの東から聞こえた野盗の喚声は、今は阿鼻叫喚の悲鳴に変貌していた。




「火計だよ、火計―――」


 轟音と悲鳴の中、皆が声を失った静寂をついて、アリッサは声を上げた。


「お前らの切り札だった挟撃部隊に、私が火計を仕掛けてやったんだよ……アーッハッハッハッ!」


 野盗、村人、一同の視線は、台上の狂った様に笑うアリッサにすべて集まった。そしてこの先は、あたかもアリッサの一人舞台と、それを見守る観衆の様な有り様となった。


「ないと思ったか、ないと思ったか?火計が!―――そうだよなあ、火計はないと聞いていたんだもんなあ―――こいつから!」


 アリッサは後ろを指差すと、そこには今まで姿の見えなかったマルコの姿があった。そしてその掲げた腕には、一人の男の血にまみれた首が下げられてた。


「イ……イアン!」

 バートが顔面を蒼白にして、その場に膝をついた。


「ざーんねんだったな、こいつからすべて聞かせてもらったぞ―――お前が、私の作戦をこいつを使って野盗に漏らした事も、お前が西の民の畑をすべて手にする事と引き換えに村を裏切る事も、そしてお前がずっと―――野盗と裏で繋がっていた事もな!」


『西の民』と『東の民』に根本的な感情の対立がある事は、アリッサも理解していた。


 だがモルガンとの会話で、野盗が『西の民』の作物の収穫期を、ピンポイントで狙ってくる手並みに疑念を抱いた。


 内通者がいる―――そして、アリッサはそれは『東の民』、さらにその中心にいるのはバートではないかと予測し、マルコに軍議後、内偵を始めさせた。


 そして、バートに指示を受けた男―――共謀者イアンが人知れず村を離れ、素早く村に戻ってきた所を、マルコは隠密に捕らえ、すべてを白状させ、そして―――始末した。あたかも逃亡に見せかけて。


 マルコからの一連の報告を受けたアリッサは、策を巡らした。


 元々、総兵力は西側に集中させ、伏兵包囲の方針であり、ガラ空きにになった後方は、狭隘な東の村の入り口に、十重二十重の逆茂木を配置すれば、それで済む予定であった。

 

だが、東の民が裏切る。そしてこちらの伏兵包囲の策を逆手に取る挟撃策を、バートが献策したという。


 アリッサの心は踊った。それならば、さらにその逆手を取った『絶望』を与えてやろうと。




「いい策だったなあ、勝てると思ったよなあ」


 バートを見下ろすアリッサは得意満面だ。


「どうしてこうなったか知りたいか?知りたいよなあ―――教えてやろう」


 聴衆を煽るがごとく、アリッサは両手を広げ、尊大に周囲を見渡した。



 アリッサが語った内容はこうだ―――


 まず夕暮れ前に、東西の民を一人残らず村の西―――想定戦場に移動させる。これで後方からの野盗の挟撃部隊の進入は容易になったと思わせる。


 そしてマルコを陣の後詰めと称して、東西の村を二つに分かつ、北の大河からの支流にかかる橋に移動させた。これで村人の、東の村への進入も封じられた。


 そこから完全な空白地帯となった『東の民』の村に、エゴイが入った。


エゴイは丘陵に挟まれた、谷の様な一本道に並ぶ家々に、誰一人残っていない事を確認すると、仕込みを始めた。


 まずマルコが立つ、二つの村を繋ぐ唯一の橋の東側―――つまり東の村の西端に、一度落ちれば容易には抜け出せない、道幅いっぱいの落とし穴を掘った。


 そしてその中に、村に備蓄されていた油を布に染み込ませた上で、大量に敷きつめると、その穴を―――巨体に似合わぬ器用さで―――美しく塞いで偽装した。




「お前たちを一人残らず、ここに集めたのは正解だった。おかげで仕込みがはかどったぞ。アハハ」


 アリッサの弁舌は冴え渡る―――


 エゴイは落とし穴を作り終えると、その背中に背負う武具箱から火薬を取り出した。


 まだこの世界では銃火器は発明されていない。


 だが、大陸北方では火薬の運用が始まり、それを発火装置を仕込んだ、紐つきの鉄球に詰めて遠心力で敵に投げつける、手榴弾的な武器は生み出されていた。


 北方での守兵働きもするアリッサは、その火薬を武器ではなく火計に用いる事を考え、行く先々で買い集めた。


 そしてドラグレアの工兵ともいえるエゴイにその運用を任せ、様々な局面での火計に活用した。


 エゴイは東の民の家々に火薬を仕込むと同時に、落とし穴に使った油の残り―――村に備蓄された油のすべてを、屋内の床、壁、天井にふりかけた。


 そして最後の仕込み―――東の村の東端にある入り口を塞ぐための厳重、かつ重厚な逆茂木を作り終えると、それを付近に隠し、自身もその時を待ち―――伏せた。




「付近には森も草原もないからなあ。私が火計を諦めたと言っても、筋が通っているものなあ。信じるよなあ、信じてしまうよなあ」


 アリッサはここで、呆然自失の聴衆の中でも―――東の民に次々に目を向けると、


「だがなあ、燃えるものならあったんだよ―――お前らの家がなー!フヒャヒャヒャヒャ!」


 己の策略―――攻め来る者を殲滅する、非情の鉄槌の披露に感極まったとばかりに、アリッサの高笑いは最高潮に達した。




 そしてその時は来た。


 野盗の後方からの挟撃部隊は、バートからの伝令―――イアンの報告通り、村の東側がすべてガラ空きになっている様だと確認すると、東の民が寝返った頃合いを見計らって、東の村の入り口から突入した。


 夜半という事、また東の村には襲撃をした事がないという条件も相まって、挟撃部隊は東の村に仕込まれた『異変』に気付かず、特に警戒もせず一本道を戦場に向かい、威嚇の喚声を上げながら駆け抜けた。


 そして間もなく、西の村へ通じる出口―――何も知らずに戦っていると思われた、アリッサたちと村人の後方に達しようかという時、挟撃部隊は前方の暗闇に小さな灯りを認めた。


 イアンが手引きをしに来たのか―――


 挟撃部隊は一瞬そう思った。だが近付き目にした、松明に照らし出されたその顔は―――見知らぬ男のものだった。


 次の瞬間、先頭を走る野盗が次々と落とし穴に落ちた。


「くそっ」「なんだ、こりゃ」


 野盗は口々に、驚きの言葉を発した。そして落とし穴に落ちる手前で踏みとどまった者が、前方に控える松明を掲げる男の顔に目を移すと―――その男は無表情な口元に―――笑いを浮かべた。


それはエゴイとともに火計の任についた、マルコの姿であった。


 マルコは無表情のまま松明を、落とし穴に向かって―――放り投げた。


 瞬間、激しい火の手が落とし穴から吹き上がった。そしてその炎は落ちた野盗を紅蓮の劫火に包むとともに、付近の家屋に燃え移った。


 ドーン、という轟音とともに家屋が、西から東に向かって次々と弾け、燃えていく。


 美しい火炎細工を見る様な、炎の疾走が村の東に達すると―――挟撃部隊の地獄が始まった。


 一本道の左右はすべて劫火。前方もとても越えられそうにない火を噴く落とし穴。ならば後方―――もと来た村の入り口から脱出するまで。野盗は駆けた―――生き延びたい一心で。


 しかし、村の東の入り口―――挟撃部隊に唯一残された脱出口は、エゴイが素早く仕掛けた逆茂木によって幾重にも塞がれたいた。そしてその逆茂木も炎をあげて、野盗を待ち構えていた。


 前後左右、すべてが逃げられない劫火―――己の運命を悟った挟撃部隊は、阿鼻叫喚の叫びを上げながら炎に包まれていった。




 己の策を披露し尽くした、アリッサの高笑いは続く。


 そんな中、「ひどい……」と、東の民の一人の婦人が声を上げた。


「なんて事をしたんだ!」「俺たちの村が!」


 婦人の声に続いて、東の民は次々にアリッサに向かい怨嗟の声を上げた。中には「この悪魔が!」と罵る者もいた。


「ああーん?何か勘違いをしている様だな―――お前ら」


 アリッサは自身への罵声に、酔いしれる様に恍惚の表情を浮かべると言った。


「言ったはずだぞ、今この村の支配者は私だと!―――そして、この村のすべてが今は私のものだ。生殺与奪―――そのすべてがだ!ヒャーハッハッハッ!」


 アリッサが村人に承服させた三つの条件―――その一つ目『自治権の譲渡』であった。




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