第1話:守兵団19
長弓による先制攻撃、豪傑の単騎駆けによる特攻、村人による完璧な槍衾の迎撃、異形による殺戮―――
そして今また、副将が相手の豪傑に討たれた―――しかも赤子の手をひねるがごとくに。
何故だ、何故こうなる―――なんなんだ、こいつらは―――
その思いは大将ならずとも、野盗全体の共通心理として伝播された。
アリッサが狙う、『恐怖の伝播』は確実に野盗の中に広がっていった。
野盗はすでに半数近くの兵を失っていた。戦の素人である村人が大半とはいえ、数の上では完全に相手を下回ってしまっている。
「さあて―――仕上げにかかるか」
アリッサはここで、今までの喜色を打ち消し、厳しい表情を作ると剣を抜き、それを高々と天にかざした。
「頃はよし、ってとこかい」
モルガンは呟く。それはアリッサの合図であった。
モルガンは大槍の石突きを握ると、その長く構えた槍を馬上で、轟音を立てながら空中で旋回させた。
「おーら、伏兵さん、出番だぞー」
野盗団は槍衾を突破できず押し戻された上、ジーとユーの暗殺ともいえる撹乱、そしてモルガンが今また副将を討った動揺により、軍がバラバラに伸びきってしまっている。
伏兵を投入するには、絶好のタイミングである。
ここで主戦場の左右の丘陵から、東の民が野盗の後方に攻めかかれば、包囲殲滅策は完成であった。
完成するはず―――であった。
モルガンの合図で、左右の丘陵からバートを先頭とした『東の民』が飛び出してきた。西の民同様、女も、戦えると判断された子供も混じっている。その顔は皆、戦に加わるという悲痛な決意に満ちていた。
東の民の突撃を見て、西の民は思った―――これで勝てる、と―――これで戦いが終わる、と。
異変に最初に気付いたのは、ファノだった。
「違う―――違うよ」
―――叫んでいた。
バートたち、東の民は「おおーっ」と、声を上げながら接近してくる。
だが、野盗の後方に達した時―――そこを、すり抜けた。
そしてあろう事か、彼らは槍衾を作る―――味方であるはずの『西の民』に向かって、槍を向けてきたのだ。
何故、何故だ―――
今度は村人側が―――西の民が動揺した。
何故、彼らは野盗でなく、自分たちに槍を向けてくるのか―――
一度、勝てる、助かる―――と、安堵の気持ちを抱いた西の民が作る槍衾は、東の民の強襲にもろくも崩れ始めた。
アリッサが用いた『恐怖の伝播』―――それは敵だけでなく、確実に味方にも、その刃を突きつけてきた。
感情的対立があったとはいえ、ともに一つの村として生きてきた東の民に―――仲間に、西の民は槍を突き出せない。
だが東の民は悲壮な、しかし確固たる決意で、西の民に向かい槍を繰り出してきた。
そしてついに―――バートの槍が、怯んだ西の民の一人の胸板を貫いた。
「あああっ」
短く呻き、倒れ、そしてそれは息絶えた。
その瞬間、西の民も、東の民も、時間が止まった。
村人が、同じ村人を殺したという現実が受け入れられなかった。
だが顔を上気させたバートは、我に返ると、二人目、三人目、と次々に西の民を突き殺した。
そして、その状況を受けて―――野盗団が息を吹き返した。