第1話:守兵団17
依然、モルガンは野盗に囲まれた形勢である。
繰り出される刃を、受け、かわし、時には突き―――超人的な槍さばきと騎乗術で、野盗の群れを相手に単騎で奮戦している。
「おら、邪魔だっての」
背後からの剣撃をかわし、石突きで相手の顔面を殴打しながら、憎まれ口をたたいた瞬間―――野盗の副将の鋭い槍がモルガンの頬をかすめた。
傷口から薄い鮮血が、モルガンの頬を流れる。
「こいつぁ、いけねえ―――お前さん、なかなか強いねえ」
副将に向かいそう言うと、槍を大きく旋回させながら周囲に距離を作り、「ほんじゃあな」と、捨て台詞を残すとモルガンは馬首をかえし、包囲網を自陣に向けて突破した。
強敵の撃退に成功したと判断した副将は、後方を振り向き視線で大将に指示を仰いだ。
大将は頷くと、「進めーっ!」と、手にした剣を振りかざし、全軍に突撃を命令した。
形勢は逆転した―――攻める側から、守る側に。
村人は撤退するモルガンを追って来る、野盗の群れに恐怖した。
「いいか、教えた通りだ!皆、横一線に等しく槍を突きだせ!」
アリッサは、そんな村人の心など斟酌しないかの様に、怒号を飛ばした。
「わずかでも槍を乱すな!穂先の長さも揃えろ!乱れた所から―――死ぬぞ」
村人の恐怖を逆手にとって、見た目の上では、西の民による完璧な槍衾を完成させた。
ファノもマーサとともに、槍を構える―――だが不思議と怖くはない―――今はアリッサの声が、たとえ生死を弄ぶ言葉だろうと、心強いものに感じられた。
モルガンは自陣の前の、野盗の死体が晒されている地点まで戻ると、再び馬首を返し、そこに踏みとどまった。
ダイヤも槍衾の後方に下がり、アリッサの指揮する低い櫓の上に乗ると、腰から短弓を取り出し、矢入れを背中にかけた。この場所からアリッサの護衛を兼ねて、短弓による射撃を加えるのだ。
トロワもダイヤと分かれると、西の民による槍衾の前方に位置をとり、遊撃として控えた。そして、チラリと後ろを振り向くとマーサを見た。目が合い―――大丈夫だ、と頷くと、マーサも同じ様に頷き返した。
副将を先頭に、野盗の全軍が突進して来る。もはや長弓への恐怖もどこかに飛んだかの様だ。下衆な喜色を浮かべる者、仲間の死体に怒りをあらわにする者、様々な感情の一団が雪崩をうって向かって来る。
そして副将が槍を大きく振りかぶり、大上段からモルガンに向けて打ちかかってきた。
ガチン、という槍と槍との打撃音がこだますると、それが合図の様に、野盗団は喚声を上げながら、モルガンの横を次々とすり抜け、村人の列に向かって襲いかかってきた。
「固まれ!槍の穂先を揃えていれば通らん!」
恐怖に震えながらも、アリッサの指示通りに穂先を揃えた村人の槍衾は、素人ながらその威力を発揮した。
無造作に突撃して来る野盗は、統制のとれた槍衾の前に突破口が見出せない。
その間にダイヤの短弓が、正確に野盗を次々と射抜いた。
短弓は長弓ほどの射程、威力はないが、そのかわりに数秒に一射放てる連射力がある。威力がないといっても、急所に当たれば即死は免れない。
ダイヤは無表情に、機械的に次々と矢を放つ。矢入れの矢が尽きれば、すぐに新しい矢入れにかけかえ、また放ち続ける。
槍衾を突破できずに、まごつく野盗は、ある者は急所を射抜かれ断末魔の悲鳴を上げながら息絶え、ある者は痛みに後ずさりし倒れたところを、右手に長刀、左手に短刀を持ったトロワにとどめを刺された。