第1話:守兵団16
野盗の群れに、さらなる動揺が走った。
長弓による正確な狙撃に続いて、今、目の前にいる男による鮮やかな単騎突撃。すべてが想定の範囲を超えている。
「モルガン―――相変わらず見事だな」
遥か後方から見つめるアリッサは、賞賛の声を上げた。
「思わず後ろから、射かけたくなるねえ」
ダイヤも冗談でそれに応じる。
「どうした、来ねえのか?」
モルガンは単騎にもかかわらず、槍で、おいでおいで、の仕草をして野盗団を挑発した。
「うっ、うおおおーーーっ」
挑発に乗った野盗の一人が斬りかかったが、モルガンはその大槍で素早く野盗の胸板を貫くと、ブン、とその体を宙高く放り上げた。
数秒後、ドチャッ―――っという肉がつぶれる音が、辺りにこだまする。
「あ、あ、あ、あああっ―――」
野盗は思わず恐怖の声を上げ、後ずさりする者さえいた。
強い―――目の前にいる白髪の男は、初老に入ろうかという外見ながら、その体躯、技、殺気、すべてが並外れている。どう見ても戦慣れしている。それでいて、表情は薄笑いを浮かべ、ふざけた態度でこちらを挑発する。
すべてが規格外だ―――かなうわけがない。
そんな空気を読んだかの様に、中央後方に騎乗して控える男が、傍らのこれもまた騎乗の男に、何か語りかけた。
奴が大将か―――モルガンは目ざとく、そのやり取りを見つけた。
兜に仰々しい鳥の羽を飾った騎乗の男が大将、その男にうながされ、馬を前に進めてきた男が副将といったとこだな―――歴戦の武人、モルガンはそう見定めた。
確かに、槍を構えゆっくりとモルガンに向かってくるその男は、他の雑魚とは空気が違う。
モルガンは薄笑いを崩さないが、槍を持つ手に力を込めた。
そして、その副将とおぼしき男は、モルガンの前まで来ると、すかさず素早い打ち込みを数撃加えてきた。
モルガンは槍を両手で構え、打ち込みを右に左に、払い、受け止めると、お返しとばかりに反撃の打ち込みを加えたが、副将もまた打ち込みを、馬上で華麗に受け止めた。
数秒の静寂の後、今度、野盗から上がったのは―――おおおおおーっ、という歓声だった。
あの豪傑と互角に打ち合っている―――恐怖から希望への転換―――野盗とはいえ将である大将は、この機を逃さず、「かかれ!」と配下に命じた。
モルガンに、野盗の剣、槍が十重二十重に襲いかかる。
鮮やかに雑兵の攻撃をかわし、反撃の槍を加えるモルガンだったが、もう仲間が討たれても野盗の士気は下がらない。
それどころか、雑兵の攻撃の合間に副将が入れる槍に、次第にモルガンは守勢にまわり、それは一層野盗を勢いづかせた。
「囲まれたねえ、ちょいと射るかい?」
形勢を遠望しながら、ダイヤがアリッサに伺いをたてる。だがその表情はマスク越しながら、別段心配している様子でもない。
「いや、いらん―――モルガンなら、あの程度を抜け出すのは造作もなかろうて」
アリッサも特に表情を変える事なく、平然と言い放つ。
戦の展望に不安の色を隠せないマーサや村人をよそに、ファノは振り向きアリッサの顔を見上げた。
その顔はまっすぐに、西の戦場を見つめている。少女ながら、時に残酷な言葉を吐く冷徹な統率者だが、その表情は迷いなく美しい。
なによりも、この人は仲間を信じている―――ファノは今、繰り広げられている血なまぐさい現実よりも、その事になぜか心を打たれた。