第1話:守兵団14
標的―――野盗の襲来に、アリッサの胸は昂ぶる。
「トロワ、数はどれくらいだ?」
まだ遠距離にもかかわらず、距離と集団が広る幅を計算したトロワは、「約五十!」と素早く報告した。
「五十……定石通りだな。だが―――」
そう言うとアリッサは、二マーと笑った。
「仲間を殺され、あげく晒しものにされているのだからな―――今までとは戦意が違うだろう。アハハハハ」
戦意が違う、という言葉に村人の恐怖は増大した。
これから戦が始まるのに、なぜ彼女は、わざわざ士気を下げる様な発言をするのだろうか―――
ファノは冷静にアリッサの心理を分析しようとするが、わからない。わかるはずは、なかろう―――当のアリッサは、ただ楽しんでいるのだ―――嬉しいのだ。
己が憎む―――攻め来る者を、これから完膚なきまでに、叩き、蹂躙し、殺せるのだから。
この点においては、村人の士気など知った事ではない―――ただ単に自分を高揚させ、鼓舞しているのだ。
ドラグレアの各人は、そんなアリッサの性格を十分理解している。だからダイヤは、「さて、どうするかね?」と、淡々と問いかけた。
「フフン、まずはご挨拶だ。最大射程の一〇〇に入り次第、長弓をお見舞いしてやれ」
「かしこまったよ、アリッサ。そいじゃ頼むよ、トロワ」
「おうさ、まかしときな」
ダイヤもトロワも、不敵な笑みで応じる。
なんなんだ、この人たちは―――およそ命のやりとりという現場で生きていない村人たちにとっては、彼らの心理は異常だとしか思えない。
だが、今ここは間違いなく『戦場』になったんだ、という事だけは村人にも理解できた。
ダイヤは陣の前に立つと、長弓を西に向けて引き絞った。
「先頭のど真ん中を狙うぞ。もうちょい右、高さもあと少しだけ上げろ―――そうだ、いい感じだ」
トロワはダイヤの真後ろに立つと、その肩越しから標的を、兜に付けた照準器と分度器で測り、修正を指示する。
キリキリキリ、という弓の引き絞られる音だけが、静寂の大地に響き渡る。
「まだだぞ、まだだぞ、角度はそのままでいい―――よし一〇〇だ、放て!」
トロワの声とともに、ダイヤの長弓から矢が放たれた。
ピシッ、という音とともにその矢は、闇夜に美しい放物線を描いた。村人もその美しい軌道に、ただただ見とれた。
そして数秒後―――野盗の群れから絶叫が聞こえてきた。
ダイヤが放った矢は狙い通り、野盗の先頭の男を深々と射抜いていた。しかも長弓の考えられる最大射程距離で、かつこの暗闇でだ。
ダイヤの射撃技術もさることながら、それを導くトロワの観測能力も凄まじい。
野盗は、一瞬何が起こったのかわからなかった。村人を舐めていたとはいえ、進軍していたら突然、前方から矢が飛んできて仲間が射抜かれ絶命した。
斥候を殺害した事から、敵対の意志はあるのだろうとは思っていたが、まさかこんな鮮やかな先制攻撃を加えてくるとは予想していなかった野盗は動揺し、そして驚愕の叫びを上げた。
「まぐれと思われては、かなわん。フフン、続けざまにお見舞いしてやれ」
アリッサは初手の成果に満足していた。
「あいよ、アリッサ」
気のよい返事すると、ダイヤは再びトロワの誘導のもと、次々と矢を放った。
闇夜に何本もの矢が、空を切って飛んだ。
そしてその度に、一〇〇前方にいる野盗の群れが、一人ずつその数を減らしていった。
まぐれではない―――間違いなく自分たちは狙われている。
野盗たちも、最初は何かの間違いではと、事態が飲み込めなかった。
しかし確信した―――自分たちは今、蹂躙しようとした標的から、反撃を受けている―――しかも鮮やかな、想像を絶する手並みで。
それは野盗団に、思いもしなかった『恐怖』として広がっていった。
アリッサには分かる―――相手のその『恐怖』が手に取るように感じられる。
「フフ、フフ、フフフフ―――」
嚙み殺そうにも、その喜悦をアリッサは抑えられなかった。