第1話:守兵団11
「ファノの父親も―――同じ赤い瞳をしていました」
ただ赤い瞳というだけではない。それは何か異様な光―――言うなれば妖気の様なものを帯びていた。
「ファノは遠くのものが見えたり、壁の向こうの人を言い当てたりします。だから私はこの子が、なるべく世の中を見ない様に、少しでも何も見えない様に、この髪で―――この子から世界を閉ざしました」
守るためとはいえ、肉親の少女から視界を奪ったという行為に、マーサは良心の呵責に耐え兼ねたのか、手で顔を覆い震えた。
「守ってやらなきゃいけないそんな子を、どうしてあんたは一人にしてしまうんだい?今だってそうだったじゃないか」
ダイヤがマーサに向かって、素朴な疑問を投げかけた。
「この子は―――私がなるべく人目に触れない様に隠そうとしても、いつも私の目を盗んでは一人で出歩いてしまうのです」
確かにファノは最初に出会った時も、一人歩きをマーサにたしなめられていた。そして、うなだれるマーサの姿から推察するに、この行為は昔から繰り返し、繰り返し行われ、もうマーサにもどうにもできないものなのだろう。
アリッサはつかんだファノの髪を放した。ハラリ―――と、それは落ちると再びファノの顔面を覆い尽くした。
「東のバートさんは、ファノを野盗に引き渡せと―――ファノがいるから村が野盗に狙われるんだ、と―――」
「もういいよ、マーサ」
涙を流すマーサの肩を、ファノがそっと抱いた。
「私が野盗のとこに行けば、みんなが助かるなら―――私はそれでいいよ」
その声は、少女らしからぬ何かを達観した様な、決意に満ちたものだった。
「ファノ、やめて!―――村長さんだって、あなたを野盗に渡したりはしないって、言ってくれてるじゃないの。だから、だから、そんな事を言うのはもうやめて」
「でも、みんな無理してるよ―――それは私にもわかるよ。マーサだって―――」
「ファノ……やめて……」
バートがファノの引き渡しを要求した時に、村長が見せた怒りに偽りはないだろう。だが、それが村人全員の総意かどうかは別問題である。
自分をかばい続けたが故に、これまでも村八分にされてきたマーサを見てきたファノが出した答えは、少女にしてはあまりにも悲しいものだった。きっとこれまで何度も、自分が犠牲になると、その思いをマーサに伝え続けてきたに違いない。
「お前は……お前はそれでいいのか!そんな運命を受け入れるのか!」
叫んでいた―――アリッサは無意識に―――その場の皆が驚く程の大きな声で。
「だって……私が……私が我慢すれば、みんなが―――」
「みんながじゃない、お前だ!お前がそれでいいのかと聞いている!お前の身を犠牲にして―――その『みんな』は生き長らえようとしているんだぞ!」
「みんなだって、どうしていいか分からないんだよ。怖いし、生きたいし……みんなだって一生懸命生きてるんだよ」
「ならばなぜ皆、自分で戦わない!人の身を犠牲にして生き長らえる生に、なぜ疑問を感じない?生きたいならば、なぜ戦わない!お前は自分が犠牲になる事に、なぜ疑問を感じない!」
「わかんないよーっ!!」
アリッサの怒声に共鳴したかの様に、ファノは大声を張り上げた。そんな姿を初めて見たといった風に、マーサが呆然としている。
「わかんないよ!わかんないよ!わかんないよ!わかんないよー!!」
狂った様に叫び続ける。そして鼻を何度もすすった―――泣き出しているのだろう。
「わかんないよ……わかんないよ……わかんないよ……でも……」
消え入りそうな声を振り絞り、はっきりと言った。
「私だって―――生きてるんだよう―――」
なぜかその言葉は、どんな剣の一撃よりも重く、皆の胸に突き刺さった。息が詰まりそうになるほどに、重く、深く、苦しい―――。
だが広がった重い静寂を、アリッサが破った。
「それがお前の意地か―――お前が生きているという意地なんだな」
今度は静かに、でも力強い、いつものアリッサの声だった。
「異能の子と蔑まれても、その身を隠す事なく、皆の目に触れさせたのも―――皆のためにその身を、野盗に差し出そうと決めた事も―――すべてが、すべてが、すべてが―――お前が『生きている』という意地だったんだな」
「ファノ……あなたは……」
マーサは、鼻をすすり、泣きじゃくるファノを、もう抱きしめてやる事しかできない。
自分が、幼き頃から慈しみ育ててきたこの子が―――そんな心の痛みを、葛藤を抱いて生きていたなんて。
『異能の子』ゆえに、かばい続け、隠し続けようとした自分の行為を受け入れながらも、この子は『自分の生』を不器用に求め続けていたなんて。
気付いてあげられなかった―――マーサもまた泣き崩れた。
トロワが、辛そうに顔を歪める。モルガンとダイヤも天をを仰ぎ、深いため息をついた。
そしてアリッサは、なぜ自分はファノが気になり、あんなにもいらついたのか、分かった気がした。
この少女は、不器用ながらも自分の運命と戦っていたのだ―――『異能』として生まれたがために、人並みの人生さえ与えられなかった、自分の運命に―――不器用に、本当に不器用に。
「見ていろ!私の戦いを!」
皆の視線が、叫びを上げたアリッサに集まる。
「今夜の戦いを見ていろ。私は守る事でこの村を―――いや私は世界さえも変えてみせる!運命に―――抗ってみせる!」
アリッサの宣言に、ファノは泣くのをやめた。しかしその長い前髪はもう、涙と鼻水で顔にぺったりと貼り付いてしまっている。
だがファノはその前髪をかき分けた―――自分の手で!
そして、あらわれた目で―――隠し続けていた赤い瞳で、アリッサをまっすぐに見つめた。アリッサの顔は厳しくも、でも微笑んでいる様に見えた。
「見ていろ、私の戦いを―――その目で」
アリッサもまた、まっすぐにファノの目を見つめていた。