第1話:守兵団10
「あの野郎!」
バートがファノを突き飛ばした行為を目にしたトロワは、怒りをあらわにして飛び出そうとする。しかしその肩を、モルガンがしっかりと掴んだ。
「気持ちは分かるが―――私情は命を縮めるぞ」
「わ、わかってるさモルガン」
モルガンの手を振りほどき、それでもトロワは倒れたファノに向かって駆け出した。
「大丈夫か」
ファノを助け起こし、心配そうに声をかける。その優しさは、いかつい隻眼の顔に似合わぬ細やかなものだった。
「どっかケガしたとこはないか―――クソッ、あの野郎」
視線を犯人のバートの方に向けたが、当のバートは足早にもうその場を立ち去っていた。
トロワがファノの体についた土をはらってやっていると、いつしか背後にアリッサが来ていた。モルガンとダイヤもその後ろにいる。
「なぜ怒らない―――攻められるままか」
アリッサがファノに問いかける。
「……、あなたは……戦えるんだよね」
青髪を顔全体に覆ったまま、ファノはボソリ、と答えた。
「お前は私に、戦うのかと問うたな―――先刻、お前たちの前で言った通りだ。私は攻め来る者があらば、守るために戦う」
「だから……あんなひどい事もするの?」
ファノの言う、ひどい事―――村の西の開けた入口に、エゴイが黙々と野盗の死体を、地面に突き立てた丸太に縛り付けている。
「仲間を討たれた野盗は必ず報復に来る―――あれは餌だ。私は守るためなら、どんな手段も使うぞ」
「……………」
いつもながら冷静な対応のアリッサだったが、無言―――しかも表情の見えないファノに、なぜかいらつき出した。
「あれもお前たちを殺そうとした奴らだぞ!何を同情する!相応の報いを与えて―――何が悪い!」
「お、おいアリッサ」
殴りかからんばかりの怒声に、たまわずトロワがファノをかばうように抱えながら、アリッサをたしなめた。
「ああっ、すみません、すみません」
そこにファノの保護者―――マーサが叫びながら、アリッサの前に転がる様に走り来ると、土下座して許しを請い始めた。
「度重なるご無礼を―――申し訳ございません、申し訳ございません―――どうか、どうかファノをお許しください」
平伏するマーサに、我に返ったアリッサは、「いや、すまぬ」と言うと大きく息をついた。
なぜ自分はこの娘には、こんなにも心をかき乱されてしまうのだろうかと、自分でも分からなかった。
「マーサと言ったな―――聞きたい事がある」
「は、はい」
マーサは不安な表情のまま、顔を上げた。
「お前たちも西の民か?そしてバートは、そいつを『異能』と言っていたが―――そうなのか?」
マーサはしばらくためらっていたが、やがて意を決すると、「……左様でございます」と小さな声で答えた。
「話を聞かせてはくれないか―――」
もはや隠し立てはできないと思ったマーサは、ゆっくりと口を開いた。
「ファノは私の姉の子です。両親を早くに亡くした姉と私は、二人で力を合わせて生きてきました。
やがて姉は南方からこの村に流れてきた男と恋に落ちて、ファノを産みました。
姉の夫はこの村に残り、私たちと生きることを選んでくれましたが、ファノが物心つく前に―――姉もその夫も、流行り病で身罷りました。
そして姉は亡くなる時に、先に亡くなった夫が『異能の民』だと隠していた事を明かしてくれたのです」
実の妹にも明かせなかった―――秘密。
「ファノは私が引き取りましたが、ある時からファノは他の者には見えないものが見える―――『異能の力』を見せ始めたのです―――『魔眼』です」
装束の下に隠れた金色の鎧を、綺麗と言ったのもその力か―――アリッサは合点がいった。
「優しかった西の村の人たちも、ファノが『異能の子』だと分かると気味悪がり、私たちから遠ざかりました」
マーサの声はついに嗚咽に変わっていった。
「それでこの前髪か」
アリッサは、ファノの長い前髪をつかみ、そしてめくり上げた。
そこには―――妖しく光る、赤い瞳があった。