第1話:守兵団9
敵であるとはいえ、人の亡骸を晒しものにすると、この少女は―――『少女』が平然と言った。聖女の様な統率力と、悪魔の様な決断力―――この少女の本質はいったいどこにあるのだろうか。
「人でなしだと思うか―――それは結構、結構」
ひとしきり笑い終えた後、村人たちの焦燥した視線に気付いたアリッサは、上機嫌に言葉を投げた。
「ククク」「ケケケ」
茫然と立ちすくむバートの足元に、全身にボロ布をまとったジーと、索敵を終えて戻ってきた同じ風体のユーが、例の奇妙な笑い声を上げながら、突然まとわりついてきた。
子供の背ほどのそれは、普段でも薄気味悪いのに、アリッサの人の道を外れた姿を見せられた後だと、いっそう気味が悪い。
「ああああっ」
「ククク」「ケケケ」
バートの驚きに気を良くしたのか、ジーとユーは、はしゃいでバートの足元をクルクル回り出した。
「ジー、ユー。ダイヤも戻ってきた―――私の護衛はもういいぞ。引き続き範囲を広げて索敵に当たれ」
バートの怯える姿に半笑いの声だった。こういう所は年相応の少女らしいから奇妙なのであるが、また次の瞬間には冷徹な統率者の顔に戻り、
「では西の民、東の民―――ともに抜かりなく働け」
と『支配者』の声音で言葉を投げつけた。
「予想以上に西と東は割れているな―――」
軍議を終え、村長とバートが去ると、独り言の様にモルガンがアリッサに呟いた。
「南の肥沃な畑は『西の民』のもの。『東の民』は痩せた畑で苦しんでいても、西はそれを分けてはくれない。自分たちになんの恩恵もほどこさない西の民の畑のおかげで、自分たちも戦地にかり出される―――納得できんのも無理はなかろう。だが形だけとはいえ、ここは『一つの』村なのだ。ともに戦わなければ明日はない」
アリッサも独り言の様に応じる。
「東のやつらの目―――余計な事をしてくれるなって目だったな」
「野盗も東の痩せた畑など、わざわざ狙わんだろうからな。じっとしていれば今まで自分たちは襲われなかったのだから、義理もない西のためになぜ、と言いたいのだろう……。小さき村といえど、ここも国だ―――国であればその中にも、人の争いがあるという事だな」
「野盗も金品でなく、畑を荒らし作物を奪うご時世か―――」
老練の武人、モルガンにしてみれば、略奪の内容さえ時代で変わる事に、感慨もひとしおといった所なのだろう。
「ご丁寧に、作物ごとに収穫期を狙ってくるのだから、ある意味たいしたもの……だ―――」
そう言い終えると、アリッサの表情は途端に曇った。
「そういえば練兵の時も、西と東の奴ら、真っ二つに割れて……どうしたアリッサ?」
モルガンは、アリッサの心境の変化に目ざとく気付いた。
「モルガン、策を練り直す」
「フン―――よしきた!」
アリッサの突然の作戦変更にも、モルガンはまったく動じずに請け合った。このあたりは阿吽の呼吸である。
「基本は変えんが、西の民の使い方を変える。西の民には、迎撃のための陣を前線に張らせるつもりだったが、本陣の手前に第二陣として配置する」
「ほう―――で、第一陣は?」
「とりあえず―――お前一人だ、モルガン」
アリッサは、いたずらっぽく微笑む。
「おーおー、人使いの荒いこって」
モルガンもおどけてみせる。ここが戦場でなければ、その光景は、まるで仲の良い父と娘と見えてもおかしくなかった。
だが、そんな和やかな空気は、突然の叫声に打ち消された。
「邪魔だ、この『異能』め!」
怒号が聞こえてきた―――声の主はバートの様だ。
目をそちらに向けると、バートがファノを突き飛ばしていた。
「まったく、どいつもこいつも薄気味悪い」
先刻、ジーとユーにまとわりつかれて、肝を冷やしたバートは、村の東に向かう途中で行き当たったファノに、その分の怒りもぶつけて歩き去った。
アリッサはその光景を見ながら、静かに振り向くと指で―――近くに―――という仕草でマルコを呼んだ。
「マルコ、また仕事を頼みたい。磔が済み次第、エゴイもつける」
小声でそう言いながら、再びファノの方に目を向けた。
ファノは反抗する姿勢も見せず、ただしおらしく倒れたままだった。