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決する時

 ――多くのブリガンドを殺した。数え切れないほど。


 私はコロナを望の所に預けて、個人的な用事で旅をしていた。

 もう半年が経とうとしているこの旅に、コロナを連れて行くわけにはいかなかった。


 旅の目的が〝復讐〟なのだから。


 川崎ヴィレッジを襲った巨大なブリガンド集団。五芒星革命軍はバヨネットを雇って魔都に現れてからはその姿を見る事は無かった。

 路銀稼ぎに仕事を請け負い、ブリガンドを倒しては情報を吐き出させたがろくな情報は得られなかった。

 なにやら最近は私の噂が広まっているらしい。変異や病死する事無く魔都から生還し、ブリガンドを殺しまわってる傭兵の噂。

 噂は私の周りに変化を及ぼした。

 私の顔を見ただけで逃げ出すブリガンドや、名を上げようと私を探し回るブリガンドが現れた。

 逃げる者も逃がすわけにはいかない。襲ってくるならそれはそれで好都合。襲い来るブリガンドを潰しては情報を吐かせたが、どいつもこいつもヤツらの構成員ではなかった。

 そして迷惑な事に、ブリガンドは時間も場所も選ばない。

 ある日ヴィレッジ内の酒場に立ち寄って情報収集を行おうとした矢先に襲撃された。その日から私はなるべく同じ場所に留まるのをやめた。



******



 雪の降る時期は過ぎ、半減期が過ぎた後でもまだ環境汚染が深刻な魔都周辺は時折汚染された雨を降らす。

 私が生まれるずっと昔には黒い雨と呼ばれる酷く汚染された雨が降ったようだが、文明崩壊から三世紀、私の頭上に降り注ぐ雨は水の透明さをもっていた。

 じっとりとまとわりつく湿気はまるで血のように肌と服をくっつける。

 雨のにおいが心を冷静どころか憂鬱にさせる。故郷を滅ぼされた怒りを時の流れが風化させそうになるのを防ぐため、あの日の記憶を反芻する。あの日の戦いはまだ終わっちゃいない。

 私は、川崎ヴィレッジの戦力は、まだ無くなっちゃいないのだから。


 名指しで仕事を依頼したいという珍しい話を聞いたのは三日前。長らく空けていた渋谷ヴィレッジに戻り、コロナ達の顔を見て安心していた時の事だった。

 池袋ヴィレッジのキャラバンを統括する男が私の噂を聞いて雇いたいとぼやいていたというのを望から聞き、こうして出向いてみたは良いが――。


「オメェが噂の()()()()()()()()()()()? もっと厳つい、益荒男みたいなヤツかと思ったぜ」


 セメントの壁が四方を囲む薄暗い部屋の真ん中で、顎鬚をたくわえた壮年の男がねずみ色のオフィス机に肘をつきながら訝しげにこちらを睨んでいる。

 円の中の大きなVの字が目に付く、ヴィレッジシェルターのエンブレムが刺繍された擦り切れた作業着を身につけている。川崎でも着ている人間を見なかったぐらいの骨董品だ。

 部屋の中心にぶら下がっている蛍光灯の頼りない明かりに照らされたその顔は酷く疲れているように見える。


「そんなご大層な看板背負ったつもりもないし、勝手に色々尾ヒレがついただけよ。魔都から帰ってきたのは事実だけどね」

「ほーん、そうかい……」


 人の胸をじろじろと値踏みするように見ながら、顎鬚を撫でる目の前のオッサンに眉をひそめる。私の視線に気付いたのか、ゴホンとわざとらしく咳払いをした。

 重い空気が私と男の間を抜けていく。


「俺はここ池袋ヴィレッジを出入りする六十苅(ろくじゅうかり)だ。キャラバン隊の人員や積荷の管理をしている。――これから仕事を貰う相手に自分を小さく見せるとか。噂どおり"変わり者(ストレンジ)"だなオメェさん」

「人はできる事しかできないわ」

「ハッ、そらそうだ。虚勢張って仕事もできねぇでくたばって貰っちゃ困るからな」


 六十苅は私の返事に鼻を掻きながらそういうと椅子から立ち上がり、外の方へ歩き出す。それを黙って見ていると、扉に手をかけながら私の方を見て手招きしてきた。

 ついて来いといわんばかりの様子だったので、それに少し疑問を抱きつつ、六十苅の後ろをついて行く。

 それは些細な疑問だ。仕事の詳細を話すならさっきの部屋でしてしまえば良い。わざわざ別室に行かないと話せない事でもあるのだろうか。

 さっきの部屋は付き人がいなかった。かといって仕事の同意に証人を立たすほど神経質な様子は見られない。

 そんな考えを巡らせていると男はシェルターの更に下層へ階段をくだって行く。下へ降りるに連れて少しずつ空気が冷たくなっていくのを肌に感じた。


 大股でのしのしと歩く六十苅の後をついて行くと、ある一室に一緒に入った。男が電気をつけると、その部屋がなんなのか直ぐにわかった。

 薬の臭い。部屋に入ってすぐに消毒液のようなスッとする臭いが出迎えた。キャスター付きの寝台が幾つも並び、壁にはいくつもの正方形の大きな引き出しが所狭しと並んでいる。そして私の前にある寝台の上には人の形に盛り上がった白い布がある。

 霊安室だ。

 ある程度清潔感を保つためか清掃はされている。しかし経年劣化には勝てず、床のタイルはひび割れ欠けており、天井と壁の間から錆が侵食している。何百年も正規のメンテナンスがされなければこうなるのは仕方ない。


「こいつを見てくれ」


 六十苅がそういうと私の返事など待たずに、寝台に被せられた布を取っ払う。バサッと、粗野に。

 今更死体に驚く事は無かった。人の死はたくさん見てきた。だが私の前に横たわる死体の様子に私は息を飲んだ。


 頭部に一撃、見事な狙撃だ。角度からして高所から打ち下ろしたといった感じだろう。額から斜めに弾が入り込んでおり、骨を砕き、脳を抉り、弾は頚椎を貫通していた。


「頭に一発。お前さんに見せる為にこいつは残しておいたが、他のヤツもみんなこんなんだ」


 溜め息混じりに六十苅が横から語りかける。直属の部下だったのか、知り合いだったのか、その声は沈んでいた。他人の死体に向けるようなものではない、感情がそこにあった。


「これは――!」


 私は頭部の弾痕に目がいって気づかなかったが、明らかに即死と思われる死体なのだが、胴体にも多くの損傷が見られた。

 古傷などではない。同時期につけられた傷だ。即死した筈の人間に対して何者かが"刃物"を突き立てた後がある。

 ブリガンドが戯れに死体を破壊する事は珍しくない。奴らにとって殺しは娯楽のようなものだ。だが、その傷はある図形を描いていた。


「俺には、〝星〟に見える。オメェさんはどう思う」


 めちゃくちゃに切り刻まれたように見えるが、左胸の所に明らかに意図してその形を描くような切り傷があった。五芒星だ。

 奴らがこの仕事に関与している――? しかし奴らは五芒星革命軍を名乗ってはいても、いちいち殺した相手に星を刻むなんて話は聞いた事がない。

 だが、わざわざこんな事をするブリガンドが他にいるとも思えない。

 六十苅の顔を見る。平静を装ってはいるが、六十苅の目は充血していた。だが涙は流していない。この男は強い。そう感じつつ。私は私の復讐心ではない別の感情が胸を熱くさせていた。


「星ね。死者の体を弄ぶような奴を野放しにはできないわ。引き受けるわ。相手の手口や技量も分かったし。もう行くわ」

「正直女に頼むのは男として気が引けるが……俺は治安部門の人間だが戦いの専門家じゃねぇ。いままで頼んできた傭兵もことごとくやられちまった。すまねぇ、頼む」


 目の前で頭を下げられたら引くにも引けない。元から引く気はなかったけど。プライドを捨てた男の魂を足蹴にするわけにはいかない。

 私はヴィレッジ内で弾薬や食料を調達し、奴らが襲撃してくる場所へ向かう事にした――。



******



 ――そこは池袋から渋谷へと続く道だった。

 どこもかしこも、魔都周辺の景色は変わり映えしない。人が大勢いたという名残だけを残してそびえる灰色のビルが乱立している。しかし、この道は広く、往来の為にどけられたのであろう廃車の数々が歩道のほうに寄せられていた。

 ここまで整備するのは大変だっただろうが、逆に言えば道として目立ってしまう。現に、私が道の中央を歩いて周囲を見渡してみるとかなり見渡しが良い。そして狙撃スポットとして使えそうな建物がいくつもある。

 大きなキャラバン隊ならば回り道するにはこの辺りの廃墟群は入り組み過ぎている。多くの路地や交差点でいくらでも道は探せそうだが、その殆どが崩落したビルや砕けて隆起したアスファルトのせいで通る事はできない。


 そんな事を考えつつ、私はかすかな気配を見逃さなかった。


 サプレッサーで音を消していたのだろうが、風も無い静寂が支配する寒空の下、そのかすかな発砲音が耳に入った。サプレッサーを付けていようが、完全に音を消せるような魔法のような装備など存在しない。

 そしてスナイパーは正確無比な腕前。相手がどこを狙ってくるか等大体予想がつく。

 発砲音と同時に急所をずらし、弾丸を回避する。弾丸が埃まみれのアスファルトを抉りこむと埃が舞い上がる。体感、五〇〇メートル程前方だろうか。その時には私は既に走り出していた。ふたつの音により私は確実にスナイパーの位置を把握した。視界の隅でマズルフラッシュも確認できた。確実に追い込む。

 斜めに倒れ、大通りの向かいのビルにもたれかかったビルの中。ソイツは確実に潜んでいる。階段の角がほぼ上を向いているような状態のビル内を駆け上がっていく。


 罠があると思ったが、そういう物もなく、手下らしき人の気配も無い。

 スナイパーがたったひとりでキャラバンを襲っていたのだろうか。どんな奴かわからないが、奴らは人材不足に陥っているのかもしれない。

 だとしたら、この仕事を終えて、奴らの本拠地を突き止めて、そして、今度こそ始末する。東京と神奈川をまたがって人々を襲うブリガンド集団を壊滅させてやる――!



******



 拍子抜けするくらいするすると目的のスナイパーのいる部屋に入る事ができた。

 ビル全体が斜めに傾いている為に足場は悪く、先ほどからパラパラと小さな塵が降ってくる。そこかしこにヒビが走っており、照明の切れた室内は無事なガラスが何一つない窓から差し込む光だけで薄暗い。

 そんな中、奴は立っていた。私を待っていたかのように。私の方を見て薄ら笑みを浮かべて。


「ようやく、来たか。ヒーローは遅れてやってくるとは言うが、ヒーロー〝気取り〟は遅れ過ぎのようだな」

「――どうしてわざわざ銃剣なんて好き好んで使っているのかと思ったけれど、ソレが本業だったのね。バヨネット」


 バヨネットはタバコを口にくわえながら、片手に狙撃銃を握っている。黒いフレームに真っ直ぐ伸びるシンプルな銃身にバイポッド(二脚)。全体的にツヤ消しされている。M二四だろうか。かなり手入れがいき届いているように見える。しかしサプレッサーは既に取り外されていて、スコープも見当たらない。そして銃身には銃剣が着剣されている。

 スコープは、レンズの反射が見られなかったことから最初からつけていなかったのだろうか。

 右手に持ったままだらりと下を向いた銃に視線がいく。


「俺は幸か不幸か、戦闘に特化した改造を施された身でな。先天的に視覚も聴覚も良くてなぁ。腕を磨いているうちに単身狙撃を行えるようになってた訳さ。おかげで、客を選ばず仕事ができる。バヨネットなんてのは公に活動する時の仮面のようなもんさ。――刃物で直接殺す方が好きだからよ、派手にやる時はそうやってたってだけだ」


 相変わらず悪趣味な奴だ。と思うとバヨネットは察したようでニヤッと嫌な笑みを浮かべた。

 結局金の為、生きる為といいながら、この男もブリガンドと大差ない、快楽の為に他人を殺すような奴だ。悪趣味なのは今更か。


「いつぞやのケリをつけたくてよ。ずっと待ってたぜ。お前は随分遠回りな事をやっていたようだが、馬鹿な奴だ。素性なんてこの世界じゃ直ぐ隠せる。ブリガンドにコネでも作れば奴らの内部に侵入するなんてガキにでもできらぁ」

「芝居だとしても、奴らに組する事なんて絶対にしないわ」

「頭の固いやつだなお前も。まぁしかし、テメェはちょっと有名になり過ぎたな。金髪の女を見るだけでビビるような下っ端もいるなんて噂だ。よくやるぜ」


 くつくつ笑うバヨネット。私なんかと決着をつけたいが為だけに、池袋ヴィレッジを苦しめていたのかと思うと反吐が出そうだった。

 これ以上話していても無駄だと判断し、TMPを構えた。その様子を見てバヨネットは満足そうに白い歯を見せて笑うと、煙草を吐き捨て踏み潰した。


「私は私が正しいと思ったことを、やりたいと思ったことをやってるだけよ。守りたい人を守りたい。無念を晴らしたい。お前のような刹那主義に生きちゃいない」

「この世に正義も悪も無い。テメェは自分を、人を守る事が正義だと思っているようだが、自分が生きるためなら他人を殺す。殺して奪う事が正義と考える者もいる。テメェはその正義を否定してぶっ殺してるだけだ。テメェも俺も、やってる事はかわらねぇんだよ――」


 その過剰な利己的な考えが蔓延しているから、いつまで経ってもこの何もかもが崩れ去った世界は変わらない。

 空気は汚れ、生物は変異し、人間はお互いを殺しあう。手を取り合って平和に生き抜こうとする者が馬鹿を見る世界。そんな理不尽な世界で、父が死んだ。同じヴィレッジに住んでいた多くの人が死んだ。理緒の親も殺された。枸杞は薬漬けにされて死ぬまで奴隷商人に利用された。コロナはプロパガンダの為に組織に洗脳され、コーエンも組織の為に死後もその体を弄くられて酷使された。


「――俺様は生きる為に稼ぐ。稼ぐのにクライアントは選ばねぇ。雇われればキャラバンだろうがブリガンドだろうがミュータントだろうが殺す。お前だってそうだ。仕事を請けたらその敵は殺す。違うか?」


 そう問うバヨネットはライフルをこちらに突きつける。着剣した銃剣の切っ先が私に向けられる。


「お前が生きるためなら何をしたって構わないというのを正当化したいだけの戯言に付き合ってなんていられないわ。私とお前が同じかもしれない。でも違いもある。私はわざわざ弱い人間を狙って略奪するほど落ちぶれてはいないし、今後なる気も一切無い」


 視線がぶつかる。その瞬間、様々な戦いのビジョンが駆け巡る。バヨネットも恐らく同じ感覚なのだろう。つり上がった口角がスッと下がっていく。お互いの殺意がぶつかりいくつもの選択肢が脳内を過ぎった。


「生きる為になんだってする? なら、その報いを受けるのも覚悟の上よね」


 誰だって、ただありのままを受け入れられる程達観もできなければ、強くもない。

 抵抗できない相手を一方的に襲い、搾取するようなやつに、私は負けない。

 そして聞くまでもないだろう。バヨネットは、死ぬ覚悟はいつだってできてる。だから私は、答えなんて待たない――!


「ッシャアアアア!!」


 ギラついた眼光が薄暗い室内で揺らめく。姿勢を下げて突撃してくるバヨネット。その速さは尋常じゃなく、狭い室内、十メートルも無い間合いでは一瞬で詰められる。

 腰を低く、突っ込んでくるバヨネット。初めてその姿を見た時、目で追えない程のものだった。――しかし!


 元から狙っていた場所へ、銃口を予め足元へ向けて撃ち込む。こんな至近距離で偏差射撃をやる事になるとは。


 放たれた弾丸は真っ直ぐバヨネットの進行方向で向かう。

 が、私の狙いが読まれた――!


 私が引き金を引く瞬間、その僅かな時間で私の狙いを読み、弾丸はバヨネットのいない地面を抉った。首を上げる時間も無い。感覚だけで、宙を舞うバヨネットに銃を向けなおす。

 走って突っ込んでくる場合、その足を潰せば良い。とてつもない脚力で突っ込んでくるのは脅威だ。けれど大抵の場合突出してくる奴は大抵自分の動きをコントロールできずにそのまま蜂の巣にされるのがオチだ。

 銃を持った相手に遠くからわざわざ接近してナイフファイトを仕掛けるなんて馬鹿な事をする奴なんて自殺志願者か、ヤクでもやってる異常者か、射撃の護衛ありきの戦法だ。

 それをやり続けて生き残ってきた男。この程度ではやられないか。


「甘めぇな。そんなもんじゃねぇだろ?」


 軽い足音。天井に足をつけて、蹴って飛び込んでくる。

 流石にその場で迎撃できないと判断して後ずさりながら銃を構えなおす。


 ――ドサッ。


 しかし目測を誤った。突っ込んできたバヨネットのライフルについた銃剣による刺突を避けはしたが、即座に銃を手放し、いつの間にか左手に手にしていた銃剣が私の脇腹をとらえる。


「ぐっ!」


 咄嗟にバヨネットに向かって銃を乱射するも、狙いをつけていない弾をばら撒いた所でバヨネットは的確にナイフで銃弾の弾道を変えてかわしてしまう。

 相変わらず本当にデタラメな身体能力と反射神経だ――!

 だが、そんなバヨネットも至近距離でフルオートの弾丸の嵐を捌くのは難しいようで、後退しながら弾丸を弾いていく。

 バヨネットは顔色ひとつ変えないが私は一発の弾丸が右肩を抉ったのを見逃さなかった。聞き取れはしなかったが、口元が明らかに舌打ちをしている。

 飛び退き、柱の陰に隠れるバヨネット。今のうちに弾倉を入れ替えた。



******



 人間の体や銃を切断できる程の力と技術を持つバヨネットの攻撃。それは1発もらうだけでも死を意味している。

 全力で回避に専念しても何度か体をかすめる。じわじわと、私は追い詰められていた。

 戦うために作られたバヨネット。持久戦にも慣れているようで、息切れしている様子は無い。ステアーは徐々に追い込まれていく。

 剣の軌跡と弾道が交差するビルの中、ステアーの放った1発の銃弾がバヨネットの右腕を撃ち抜き、それによってずれたバヨネットの攻撃はステアーの銃を破壊する。


「ウサギ狩り再開と思っていたが、とんだヌエだったぜ。一体どんな実験で生まれたんだろうなテメェは」

「私は重度の環境汚染地域でも細胞変異が起こらないように調整されたって事しか知らない。お前のように生まれながらの殺し屋じゃない」


 飛び込みながらバヨネットに弾を浴びせる。距離を詰めてはバヨネットのナイフの間合いに入ってしまうが、距離を取ってしまうとこちらの弾がことごとく無力化されてしまう。

 戦うには、奴を倒すには、奴の間合いに入るしかない――!


 ライフル分の長さでリーチのある斬撃を銃身を殴りつけて弾き、バヨネットの喉元に銃口を突きつける。本当なら俊敏に動く相手には確実に胴体を撃ち抜きたいが、こいつ、旭日がペイントされた分厚い防弾アーマーなんてつけている。それなのにあの機動力を――。至近距離でワンホールショットを狙った所で、その装甲をぶち抜けるとは思えない。

 一瞬悩んでしまって喉元に向けた銃。だが、一瞬の隙が仇となり私の伸ばした手にバヨネットの左手が伸びる。咄嗟に避けようとするも一度とらえたものを逃がしてくれるほど甘い奴ではない!


 耳障りな金属音と破壊音。まるで床に玩具を叩きつけたかのようなガシャッという音。


(しまった! TMPが――!)


 銃剣の刃がTMPに深く食い込む。フォアグリップ手前に食い込んだ刃は斜め上に入り、バレルに到達している。

 だが、私にはもう一挺ある!

 ライフルを殴りつけた左手ですかさずもう一挺のTMPを抜く。


「甘ぇんだ!」


 抜いた瞬間、バヨネットのケリがマガジンを蹴っ飛ばし、手にしていたTMPはビルの天井へ吹っ飛ばされ強かにぶつかる。


「チッ! この――!」


 蹴り上げたバヨネットの足を掴み取る。そしてそのまま奥へと突き飛ばす!

 斜めになったビルの中、重力も相まってバヨネットは後方の壁まで転げていく。距離はそこまで遠くなく、突き飛ばした勢いが死ぬ事無くバヨネットを壁に叩きつけた。

 壁にぶつかる激しい衝撃音。鈍く重い音と共にバヨネットが呻き声を漏らすのが聞こえた。

 しかし、それとは別の嫌な音が耳に入った。バヨネットも、それを聞いただろう。


 みしり。


 嫌な予感は直ぐに的中した。崩れかけていたビルは倒壊を始めたのだ。時折舞い降りていたモルタルの欠片の量が明らかに増えている。そう思った時だった。

 一際大きな鉄が砕ける鼓膜が破れるような激しい音が響き渡る。

 向かいのビルにもたれかかっていたボロボロのビルは、私とバヨネットを入れたまま真下の道路へと力なく無残に折れて落下する。

 私は死を覚悟しつつも、ダメ元でその場にあったオフィス机の下へ潜り込んだ。




 とうとう崩れ落ちたビルと立ち上る砂煙。煙と轟音が収まる。

 私と、奴の間を舞う粉塵がゆっくりと消えていくと、そのにはバヨネットが立っていた。全身ボロボロで、立ってるのが不思議なほどだ。

 額から血を流し、コートも何かに引っ掛けたのか千切れており、身に纏っていた防弾アーマーもベコベコにへこんでいる。

 満身創痍といった様子だが、私を真っ直ぐ見つめるその目つき、口の中の血を吐き捨てると無理矢理口角を上げてみせるその姿から、まるで闘志は失われていない。

 きっと向こうから見た私もボロボロなのだろう。

 全身が痛い。きっと骨もヒビが入ってるなり折れてるなりしている部分があるだろうけど、どこがどうなっているかも分からないほどに全身が痛かった。

 滴る血が風に吹かれ、チリチリとした軽い痛みが皮膚の上に走る。


 私達は、お互いの得物を失っても、最後に残された人間の武器でやりあった。

 ゆっくりと近付き、お互いがお互いの顔面を殴りつけた。

 殴る蹴るを繰り返していく内にお互い体力が磨り減り、最後はお互いを殴るだけの戦いとなる。

 にやけ面のバヨネットはとうとうその口角を下げ、眉間に皺を寄せて私に、ついに本心からの叫びを拳に乗せた。


「テメェの、その善人面が気にいらねぇ!」


 重い殴打が頬を抉る。


「善悪の分別無く無差別に人を殺すお前のやり方が許せない!」


 バヨネットの声に私は気が付けば声を上げていた。殴り返す私のパンチを、バヨネットは手で受け止める。それを振りほどいて再びバヨネットの顔面を殴りつけた。

 拳に走る肉の感触、骨の感触。真っ直ぐ突き刺さったパンチにバヨネットも流石によろけた。


 遠くでビルが倒壊した音がこだまとなってまだ響く中、私達はひたすら殴り合い続けた。


「選んで殺すのが正しいってぇのか!? えぇ!?」

「略奪や遊びで人を殺し、家を燃やすような連中よりは真っ当な生き方だ!!」


 私の返しに舌打ちをするバヨネット。よろめきながら、おもむろに自分の口に手を突っ込むと折れた奥歯を自分で抜いて地面に投げ捨てる。

 睨みつけながらも、バヨネットは再び唇の端を持ち上げて口元を拭った。

 ねっとりとした笑みではなかった。今まで見た事の無い、満足げな爽やかな笑みだった。


「違いねぇ」


 短い一言。

 バヨネットは笑いながらそう言った。

 私は肩で呼吸するバヨネットがその拳を構えなおすまで待った。そんな私を見て、バヨネットはゆっくりを呼吸を整えてゆらりと体を揺らすと半歩、後ずさった。


「俺は傭兵だ。ブリガンドじゃねぇ。仕事や、仕事の邪魔になる奴をぶっ殺すだけで、略奪は俺の性分じゃねえ。だがな――」


 拳を握りなおし、膝を曲げて身構えるバヨネット。それに合わせ、私も構えなおす。


「――ヴィレッジがどうなろうがどうだっていい。ブリガンドもな。俺様は俺様の為だけに生き、俺様の為だけに利用する!」

「お前の意思は分かったわ。だから、私も私の意思で、真正面からお前を否定する!」


 体勢を整えた私達は再び、我を通すために拳を重ねる。

 この世界はどうしようもない。力の支配する、どうしようもない世界。それが廃世。

 廃世と呼ばれた世界の中で生き抜くにはこうするしかない。こうする事しかできない。

 それでも、それでもだ――。


「廃世なんて言われてるこのどうしようもない世界だけどよ。俺様にとっては楽園よぉ。何をしても自由だ。俺様も、テメェもだ!」


 バヨネットの言葉に私は目を細めた。


「だが我を通す為にはどうしても他人は邪魔になる。だったらどうするか……もう分かってんだろ?」


 ああそうだ。こうするしかない。

 降りかかる火の粉は払わねばならない。

 全てが自由なら、自由と自由がぶつかるのは必然。ぶつからない選択肢を取れるならそうした方が良い。でもどうしようもないこともある。


「分かってるわ。分かってる。それでも!」


 ――それでも、私は、私なりの戦い方で生き抜いてみせる!!


 お互いの拳の勢いが死んでいく。それでも私達の闘争は終わらない。

 怒号と、風を切る音、拳と拳がぶつかり合う音。

 廃世の空の下、私達は渾身の拳をお互いに打ち付けると、支えあうように、前のめりに倒れこんだ。

 私が先に倒れたのか、バヨネットが先か。私が倒れこむその一瞬前に聞こえたあの重い音はきっと、バヨネットだろう。そう信じたい。


 意識が飛ぶ、最後に見た空は綺麗で、私はいつの間にか全身の痛みを忘れていた。

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