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白き子  作者: 藍上央理
第一章 白き子
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(7)

「これからどうなると思うか……?」

 将棋に似たゲームのひと駒をかつんと皇帝の駒の横に動かす。ショウリーンは顎に手をやって口元に笑みを含み、白き子を見やった。

 白き子は裸のまま、ショウリーンのそばにうずくまっている。ショウリーンも薄い肌着だけを身につけ、床に敷かれた毛皮に腰をおろして、たわむれに一人で将棋を指している。

「こうなるのさ……」

 持ち上げた駒を皇帝の駒の上に振り下ろす。白い皇帝の駒はとてつもない力によって砕け散った。白き子は少し目を見開き、また平常の顔つきに戻る。

「すぐにこうなる……」

 手の中の半分に欠けた白い駒を、軽く白き子に投げつける。

 神殿は五老院の所持する各二万の兵団を総指揮する権限を持っている。反面、皇帝は五千の親衛隊しか許されていない。

 ショウリーンは力で持って後継者をなくしたに等しい帝国をたたきつぶすつもりなのだ。

 白い駒は白き子の胸にあたり、彼の掌に転がり落ちる。彼の額で二つに分けた白い長髪が、透き通った青白い肌を隠している。

「もうこんな国は必要なくなる……おまえも自由になる。放り出してやるよ……この寒い北の国にな……もうすぐ終わるのだよ……ここでのお遊びも終幕になる」

 本当にうれしそうにショウリーンは笑う。ショウリーンが何を思っているのか。白き子の赤い瞳が悲しそうに揺らいだ。





 アファルトルは自室の椅子に座り、机に向かっていた。文書をしたため、皇位を示す印璽を彼女は持ち上げ、その紙に下ろした。

 廊下が騒がしい。複数の人間のかける足音がする。

 アファルトルは紙を巻き、机の下に潜り込んで、何もなかったかのようにそこから顔を出した。その手に持っていた印璽と文書がない。

 アファルトルは椅子に深く座り込み、じっと何かを待ち構えるように扉を見つめた。

 知らせもなく、いきなり扉が開き、白い仮面をはめた一寸の肌も見せない装束の神殿の兵士たちが、ぞろぞろと入ってきた。

「勅命である。大神官の命により、アファルトル=ラ・ルマリアン皇太子の皇帝位継承権を剥奪、及び皇族としての皇統を認めぬものとする。即刻、このラ・ルマリアン帝国から追放とのこと。ご承知いただけるか?」

 いらえを待たず、兵がアファルトルを取り囲む。表情のわからぬ仮面の下から無感情な声が漏れる。

 アファルトルは軽く笑う。

「嫌も何も、否やは言わさぬつもりだろう。しかし、しばし待て。この姿では困る。着替えさせていただこう」

「——この場で」

 アファルトルはその言葉に眉を上げる。

「よかろう?」

 あっさり承知し、するりと部屋着を脱ぎ、狩りなどをするときの防寒着に着替えた。

 琥珀の肌を人前にさらすことを少しも恥じぬ。少女の体を堂々と見せつけ、慌てることもなく、一人で着せて見せた。

「行こうか」

「お待ちください……お腰元のナイフを……」

 アファルトルは目を細める。

「今からわたしを身一つで放り出すというのに、命をつなぐちっぽけなナイフさえ取り上げるのか? それは無体というもの……こんなナイフ一つで何ができる? ウサギを殺して皮を剥ぐくらいが関の山。大神官がそうしろと言っているわけではあるまい?」

「……」

 白い仮面の兵はさっと手を振り、他のものに合図する。兵が二人アファルトルの脇を取り、連れて行こうとするのをアファルトルは一人で歩けると退けた。

 仮面の兵士はうなずき、アファルトルをご親切にも帝国の南門まで連行してから門扉の外に放り出した。

「これより、この南門、および他四門の扉を叩くことなかれ。破れば、見つけ次第処刑する。よいか」

「承知」

 むっつりとした面持ちで答えた途端、アファルトルの鼻先で激しく扉は閉められた。これで、彼女は二度とこの帝国に入ることのかなわぬ身となってしまった。アファルトルは目をつむり、胸に手を当て、空を仰ぎ誓った。

「去らぬ……再びこの地に戻ってこようぞ。待っておれ、大神官……」

 都市に背を向け、南の地平線に寝そべるラ・ルーの森へ一歩踏み出す。

「殿下……!」

 振り向くと、都市の門の傍らにフードをふかぶかとかぶった男がたっている。男は馬を一頭連れていた。

「殿下……この馬を……」

「マーリン……感謝する。しかし、いらぬ。見送りはそなただけか? そなたを信頼しておる。今後のことを頼むぞ」

 アファルトルはさわやかに破顔一笑する。年齢を超えた厳しい顔つきが、あっという間に年相応に崩れた。そこにいるのはただの十五歳の子どもだった。

 アファルトルにとって、帝国の生活は心身を緊張させるものだった。その中で幼い時からそばにいたこの男は唯一の信じられる友だった。マーリンの前では彼女も子どもでいられたのだ。

「修行と思えばいい。無駄にはならぬさ。必ず強大な力を持って戻ってくる。ここはわたしの国だから……根腐れを起こした国をなんとしてでも元に戻す。待っておれ」

 アファルトルは、妖精の住まうラ・ルーの森へ足を向ける。振り返らず、足早に都市を離れた。

 マーリンは長いこと、アファルトルの小さくなっていく後姿を見続けていたが、ふっとラ・ルマリアンの高い塀に目をやり、見上げる。塀のはるか上、蒼穹に暗雲がたれ込め始めている。

 神殿は……大神官は、公的に実権を握った。彼が何を目的にしているのか、まだ誰も知る由もない——


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