(17)
三人が部屋から出て行ったのを見届けると、彼はアファルトルに優しく囁いた。
「見せてごらん」
アファルトルはこばみ、さらに包みこむようにかがむ。いやいやと首を振り、「これを見せよというのか! だれにも見せられぬわッ……! 哀れな……わたしが……ついて来よと申したばかりに……」
「見せてくれ……あなたが泣き止むように、オレが何とかしてあげるから」
「何をするというのかっ!? アスラン、たわけたことを抜かすな」
「オレは……」
少しためらい、「あなたの知らない魔法を身につけている。できないことを言って、無理をお願いしているつもりはない」そして、アファルトルの背に手を当て、「生き返らせてみせる」
「嘘をつけ……」
「嘘じゃない。こっちを向け」
アファルトルは涙に濡れた顔を上げる。不意にアスランの顔が迫ってきて、唇を奪った。
「くっ……」
一瞬のすきをつかれ、アファルトルは腕のなかのタスクの遺体を奪われた。アスランは唇を離し、「すまん」とつぶやいた。
「姑息な……」
アファルトルは激しく睨みつけ、「躯を穢してはならぬ、返すのだ!」
「黙ってろ」
アスランは手の内のタスクにルーンを吐きかける。何度も何度も意図をつなぎ合わせていくように、蘇生のルーンをかける。潰れた肉をつなぎあわせ、踏みにじられた部分を整え、離れていった魂を呼び戻し、だれの目にも触れられることなく、その手の内で奇跡を行った。アファルトルでさえ、それを目にすることができなかった。
確かに奇跡は成功しつつあるというのに、アスランの顔からは次第に血の気が引いていく。朦朧と目がかすみ始め、あの忘れかけていた脅威が喉を支配し始め、舌を、唇を捉え、ルーンを唱え終わる頃にはすべての感覚がアスラン自身から奪い去られていた。その目で捉えるものは見えるが、その目はすでに自分のものではなかった。
手の内のタスクがぴくりと動き、目を開き、アスランになにか話しかけ、手から飛び降りる。すべてが聞こえ、見えるというのに、厚い壁やガラスの向こうの声や風景のように感じ、その体の離脱感はますますアスランを捉えていき、彼はあまりの恐怖に目を閉じた。
屈みこんだ姿勢のまま、彼は静かに囁いた。
「あれほど忠告したのに……なぜ守れなかった?」
アファルトルは上体を起こし、恨めしげにアスランを睨む。しかし、はっとなる。目のまえにいるのはすでに見知った彼ではなかったから。
「お前は破邪の杖さえ、その癇癖で失った」
「古の……王?」
アスランはすべてを見透かしているような、暗い深い湖面のような瞳でアファルトルを見返す。
「あれは秩序を乱すものだのに……。お前が悁気さえ起こさねば」
不意に声が止み、苦痛に満ちた表情がその顔に浮かぶ。
「アスラン……?」
アファルトルは呆然とする。アスランは己を賭けて古の王の術を使ったのだ。
アスランは苦悶に顔を歪めながら、クックッと笑う。
「こ、殺して欲しいのはオレのほうさ……」
笑いは、噛み殺した嗚咽に聞こえる。
「狂気なのはオレの方だ」
アスランはうずくまり、アファルトルの膝に顔を埋める。
「アスラン……そなた、わたしとともにおれ……。ずっとずっと……」
アファルトルは胸の内の苦痛を噛み締め、目をつむった。




