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白き子  作者: 藍上央理
最終章 金の神
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(16)

「たとえ森の力だろうと」そして、アスランをにらみ、「古王の力だろうと……」床におろしていた細身の剣を取り上げると、アファルトルに向かって投げつけた。それをアスランが、ルーンでもって遮る。剣は失速し、床に落ちる。

「わたしを傷つけることは不可能なのだ」

 ショウリーンは狂ったように笑い出す。今や、その姿は明滅するランプのようにショウからショウリーンへ交互に入れ替わる。悪夢のようなその光景を、一堂は皆立ちすくみ、眺めるのみであった。

「わたしは狂気の神だ……!!」

 見るものを戦慄させるような邪な美しい顔を歪ませ、「わたしは選択した……これでわたしは本当に神となる。そうなれば、だれにもわたしの狂気を止められん! この金神を殺せるものなどいなくなるのだ! 古の王といえど、わたしの逆巻く力に抵抗できない!」

 ショウリーンは羅刹のように顔を歪め高笑い、周囲を圧倒する。

「ショウ……」

 背後にいたイヴリーンがショウリーンの腕をとった。

「ショウ、よせ……。なぜ自分をそこまで追い詰める。なぜ終わってしまったことに復習を誓うのだ」

 電撃に打たれたように、ショウリーンの体が痙攣し、戸惑うようなショウの顔が立ち戻る。

「イヴリーン……僕にはわからない……。僕には七百年間、本当にこれしかなかったんだ……一人ぼっちだったんだ……僕にとってこうすることしか思いつかなかったんだ……」

 一堂が驚くほどにショウの顔はおさなくなり、苦悶に歪む。

「イヴリーン、イヴリーン……愛してる」

 ショウの両目から信じられぬほどの大粒の涙が幾度と無く流れ落ちる。

「僕を殺して……殺してよ。僕はあんたでないと死ぬことができないんだ……」

 ショウはへたりとひざまずき、イヴリーンの足に寄りかかる。

「あのとき、僕はあんたに言ったよね? 僕をおいていっちまうときは、僕を殺してからにしてって……」

「そうであったか……?」

「うん、そうだよ……」

「ならばッ! 早く殺してしまえっ! その首をかききるのだ!」

 ショウリーンの邪悪な呪縛から逃れ、アファルトルが叫んだ。

 うずくまるショウの体がビクリとする。そして、惨烈な瞳を彼女に向け、「お前に何が分かる……」

「それならば、愛していた人間を殺されたものの痛みが、きさまにわかるというのか!?」

 アファルトルは嚇怒する。

 ショウは大声で笑った。笑いながら、イヴリーンの腕を取り、その手に口付ける。

「僕はね……あんたみたいに愛する人が死んでも、のうのうと生きちゃいられない。狂っちまうか、死しかないのさ」

 再びアファルトルを見た目は、見るものの心を締め付けるほどに凄絶に満ちた目。

「愛する人の手でしか、僕は死を許されていない。僕は狂ったまま永遠に生きるか、失うことを恐れて死ぬしかないんだ……」

 ショウはイヴリーンを振り返る。酷く悲しげに優しく、「殺して、イヴリーン……もう、独りは嫌なんだ……」

 イヴリーンは彼をそっと包み込むように抱きしめ、「殺しはせぬよ……」

「じゃあ、僕は狂えばいいんだね……?」

 静かに染みわたる微笑みをその顔に浮かべ、つぶやく。

「そうではない……傍にいよう……お前の気が済むときまで」

「イヴリーン……」

 アファルトルは絶叫する。

「死ぬべきだ! 貴様に生きる資格などない!

 ショウの投げた剣をひっつかみ、振り上げる。

「やめろ!」

 アスランはアファルを後ろから組み伏せ、それを制する。

「離せ!! 離さぬかぁッ!!」

 しかし、微動だにできず、もがくのみ。

「おのれぇ、おのれッ!! アスラン、離しおれ!」

 ショウを抱きしめたまま、イヴリーンが一堂を見ていった。

「すまぬ……心からわびを言う。こやつの犯したものは償いきれぬものだ。狂気とはいえ、戯れに人の命を奪っていったことは許されるものではない。しかし……こやつもわたしとこうしておればただの子供だ。わたしはこやつを連れ、人界から遠い場所に行くつもりだ。赦してくれ、とは言わぬ。赦してくれといったところで、そなたらの気の休まるものではないだろう」

「早く行ってしまえ」

 アスランは鋭く彼をにらみ、吐き捨てる。イヴリーンはアスランを見つめ、透き通るような笑みを投げかけ、

「さらばだ」というと、聞きなれぬルーンを唱え、ショウごと掻き消えた。

 文字通り金縛りにかかっていた五老院らは、よたよたと膝を崩し、目前で起きた出来事を理解しかねていた

しかし、すぐに平静を取り戻し、死んだ仔ネズミのむくろを覆うようにして屈み込み、慟哭するアファルをみつめた。

「殿下……」

「寄るなッ! 下がれッ!!」

「は……」

 三人は力なく答える。その目をアスランに向けると、彼は、「承知」と頷き返した。

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