表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き子  作者: 藍上央理
最終章 金の神
43/50

(11)

 アファルトルは今一人の来るを待っていた。耳を半ば壁に押し付け、その来訪を息を潜ませて待ち続けた。ゴリゴリと壁の向こうの石が外され、また元に戻される。

(うまくいけばよいが……)

 アファルトルは目をつむり、仔ネズミの眠るポーチに軽く手を当てた。

(あやつらの出方はわたしいかんにかかっておる……わたしがどれほどのものかを過去に見せつけたかにかかっておる……

 いずれも来ねば、わたし独りでいかねばならぬ。しかし……わたし独りでは神殿は倒れぬ。この国の信念を正すことは至難の業だ……)

 長い時間ときが流れる。細い突きは次第に傾いてゆく。星々が沈みゆく。

 ひっそりと都市は静まり返る。神殿はこの事態をまるでわざと黙認しているように思える。

 一体、いつだれがこの金の南の門を、彼女のために開くというのだろうか……




 揺り椅子に深々と座り、目をつむり、暖炉の薪の弾ける音を耳を澄ませて聞いている。炎がその顔に照り返す。

「殿……」

 戸口から呼びかけられる。デュクサル=マーリンはゆっくりと目を開く。

「何だ?」

「これを……」

 使いの者はのそのそと腰をかがめ、揺り椅子の背後による。そして、すっとマーリンの傍らに手にしたものを差し出す。マーリンは受け取ると、それが紙でない事をしる。無造作に引き裂かれた布切れに血文字が書かれていた。

『時満つ。我待つ。金門にて

 ア』

「紙を……」

 マーリンは手を差し出す。そのペンと紙が渡され、彼は素早く何かを書き、くるくると丸め、使いに渡す。

「土に届けておくれ」

「はっ」

 使いは音もなく、部屋を出て行った。マーリンは頬杖をつき、細い眉を吊り上げる。

「時は……満ちた……か」

 そうつぶやくと、布切れを火に投じる。布切れは身悶えるように揺らぎながら、炎にもまれ、消し炭となって宙を舞った。マーリンは遠い目をしてそれを見つめる。その目には何の感慨も写っていない。深い濃茶の瞳は、炎を反射してキラキラと揺れる。彼は腰を上げると、カツカツと踵を鳴らし部屋を出て行った。




 時をあまり違えず、土の長タシュトル=マイルズは密書を受け取り、手紙を開いた。きちんとした美麗な文字で、『金門』と、それのみ書かれていた。すべてを解すると、小姓を呼ぶ。

「お主、わたしの礼服を出しておくれ」

 小姓は一瞬きょとんとしたが、なにも聞かず、たちまち衣服を揃える。そして、黙々と主人に着付けする。

「剣を」

 さすがの手慣れた小姓も、これには驚き、叫んだ。

「お戯れを……!」

「なにを言うのだ。戦が始まるのだ。剣がなくていかにする? わたしにここまで来て絵筆をもてというのか?」

「そ……そのような……滅相もございませぬ。今すぐに」

 小姓はあたふたと引き返し、まもなく戻ってくる。華麗な長剣を、マイルズの腰の紐通しにひっかける。茶色と褐色の房がその柄に巻き込んであり、まるで飾り刀のようであった。今引きぬかれた長剣の電紫でんしにきらめく刃は、たやすく首をも掻っ切る事ができそうなほど。その刃渡りの輝きに満足すると、「わたしの武具係は褒美を与えるに十分耐えられる。ふむ……」

 戦に行くと言う割には幾分緊張の足りぬ主人を、不安げに小姓は見つめる。また主人の狂言が始まったのかと、小姓は訝しむ。

「いずこに行かれるのでしょう?」

 恐る恐る尋ねる。何しろいつになく主人は剣まで携えている。下手なことを口走り、血を見る目にあってはかなわない。しかし、幸いな事に主人は温柔な方である。

「神殿だよ」

「な……!? お……恐れ多い……殿……ご乱心なされ申したか!?」

 小姓は驚愕して飛び退る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ