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白き子  作者: 藍上央理
最終章 金の神
41/50

(9)

 さすがにすばしこく、あっという間に神殿の門に臨んだ。二匹は神殿の外壁をめぐる。しかし、穴一つ無い。門や壁には近文字で何やら悪意あるルーンが書き込まれていて、迂闊に触ることができない。門の前に置きざらしになっている桶のかげに二匹は隠れると、

「どうしようか……ここまで来たっていうのに」

「ごめんなさいってしたら、許してくれるよ」

「駄目っ! 約束したんだゾ! ボクたちミッシなんだぞ」

「ミッシってなぁに?」

「う……きっと偉いんだよ」

「わかんないのに無理しちゃって」

 妹の悪たれに、久々に兄の鉄拳が飛ぶ。ミルトが「チーチー」喚くと、「言いつけてやるぅ! アパにいいつけちゃうからぁ!」と叫んだ。

 その時不意に桶が持ち上げられ、男が頭上に巨人のようにそびえ立っていた。二匹は心臓が口から飛び出るほどに仰天すると、ピンと跳ね上がり、慌てて逃げた。男は小さな生き物に全く気づかず、桶を竿に差し、神殿の門戸を開いて中へ入ろうとした。タスクはそれに気づき、はやてのようにかけると、紙一重で中へすり抜けた。

 はいった途端、兄妹は後悔した。その静けささえも飲み込んでしまうような、息を潜め沈黙する大理石の回廊が、まるで屈み込み、二匹を飲み込もうとする、大海原の大蛇のように映った。

「お兄ちゃん!!」

 悲鳴を上げるミルトを抱きしめ、「大丈夫だって! ただのいしころだよ」

 タスクは気丈に言い放ち、回廊の中を駆け抜けていった。回廊はどんどん奥まっていき、とうとう豪奢な白い扉の前に行き着いた。窓という窓が美しいモザイク模様のステンドグラスになっており、ミルトはその時だけ目を輝かせた。そのぐるりを行き、もっと北へと走って行く

ついに皇居へ続く巨大なアーチに辿り着いた。底には邪悪なルーンは描かれていない。二匹はホッとすると、そこを潜ろうとした。

「お待ちなさい、森の仔らよ」

 優しい声音が響く。二匹は金縛りにあったように立ち止まり、振り向いた。

 そこには白い髪をした人間が立っていた。赤い眼差しを優しげに二匹に注ぐ。二匹はおずおずとその人間を見つめる。

「とても目立っていましたよ。もう少しで気づかれるところを私が覆いました。このような汚れた場所に聖なる森の気を発するものがあれば、あの方が気づいてしまう。こちらにおいで」

 二匹は警戒しつつじろりと白い少年を睨みつけるだけ。少年は優しげに微笑み、「私は白き子……この神殿の神官。あなた方にくらましの法をかけます。おいでなさい」

 白き子と聞き、タスクは胸をなでおろした。近寄ってみると、タスクにさえわかった。この白い人間は森と同じような美しい気を持っていると。白き子は優しく二匹を両手に包み込み、朗々と言葉を連ねる。唱え終わり、静かにささやく。

「とうとう来たのですね……森を味方につけ、取り戻し、再建するために……」

 二匹は祝福を受け、新たな気をまとい、アファルトルの自室へ向けて、かけていった。白き子はあっという間に小さくなっていく仔ネズミたちを見送り、悲しげに微笑む。

「なぜ、二神はいがみ合うのでしょう……運命を巻き添えにするほどに……」




 皇居に入り込んだ二匹は、たやすく部屋を探し当てた。小さな隙間をくぐり抜けていくうちに、ここも自然な感じのしない、異様な雰囲気が漂っていることに気づく。普通、人の住んでいるところには小さな生き物も息づいているはず。追い払ってもしぶとくとどまり、人の目を盗んで食べ物をちょろまかす生き物がいてもいいはずだ。それなのに、そんなものの気配が一切感じられない。それは清潔というよりむしろ不気味。

 アファルトルの自室にはさすがに穴ぼこはなかったが、次女や侍従が小姓を呼ぶための呼び鈴の紐を通した小さな穴が、天井すれすれに開いている。二匹は毛羽立ったタペストリーを贅沢にあしらった廊下の壁に取り付き、よじ登り、紐に取りすがる。二匹の重みで鈴が激しく鳴り響く。

「ひっ」

 遠くで少年の驚く声がし、慌ててこちらに走り来る音がする。廊下の角を曲がって、こちらへ来た青ざめた小姓が、おどおどとあたりを見渡す。誰も居ないことにさらに怯え、扉のノブを開く。いない。それなのに鈴はまた軽やかな音色を醸し出す。

「ヒィッ!」

 小姓はすっ転びながら、あたふたと駆けて逃げていった。二匹は人が戻ってくる前に、机の下に入り込み、壁に隠し戸を見つけこじ開ける。無造作に投げ込まれた状態で、印璽を手に取り、文書をミルトに渡し、その補足とも強靭な尻尾にまきつけて、小姓の締め忘れた扉を潜り抜けて、元きた道をたどって急ぎ戻った。

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