(3)
皇居の中に設けてある議会の間に二人が到着したときには、すでに他の五長はそろっており、上座に皇帝が座して二人を見た。
マリーンは席に着くと、再び立ち上がる。
「金の長、ドゥクサル=マーリン」
宣言した後、もう一度座りなおした。次に小太りの白いひげを蓄えた、
「木の長、ライナサス=リトリウム」
五長の中で一番年長で精悍な顔つきをした、
「火の長、ローカサス=サバナム」
一年前、やっと遅い世代交代を果たしたばかりの、
「水の長、アルタイル=ルイス」
マーリンについで若い、芸術にひいでた才のある、
「土の長、タシュトル=マイルズ」
「うむ……皆、そろったか……」
皇帝は室内の顔を一つ一つじっくり確かめると、アファルトルに目を向けた。
「こちらへ……」
アファルトルは動かず、じっと皇帝の顔と差し伸べた手を見つめる。
「アファルトル、わたしの隣にお座り」
そこまで言われて、初めてアファルトルは父の隣に着座した。彼女にとって、父に直接話しかけられるということは、例外中の例外であった。顔には表さないが、心中は大変緊張している。
「——ところで、もうすでに皆も知っていることと思う。今日の昼にルキウスが毒殺された。これでもう嫡子の男子は皆死んでしまったことになる。わしはこのような病体である。新たに妻をめとり、嫡子を得るには無理を感じるほど体が弱った。わしは親族にもそれにふさわしいものを知らぬ。今のうちに決めてしまわねば、親族争いも起こりえるだろう。わしは……」
皇帝は言いにくそうにつぶやいた。
「アファルトルを皇太子にしたいと思う……」
水の長、アルタイル=ルイスが叫んだ。
「ええ!?」
他の五長は苦虫を、噛み潰したような顔をして、腕を組んでいる。マーリンだけが涼しい顔をして、彼らの反応を楽しんでいるように見える。土の長、タシュトル=マイルズはまじまじと、次期皇太子に推薦されたアファルトルに見入っている。
「ふさわしいと思うかね……?」
皇帝はおずおずと一同に訊ねる。
「わたしは反対ですな」
火の長、ローカサス=サバナムが口火を切った。すると他の五長も次々に思い思いを口走り始めた。
「そうですか? 別の問題はないと思うが?」
マイルズは楽しそうにアファルトルを見つめる。
「それはお主の美をこのむ癖がそうさせているだけじゃよ」
木の長、ライナサス=リトリウムは呆れた顔でマイルズを見た。ルイスは話に加われず、きょろきょろと彼らの様子をうかがうことしかできない。
「血を薄めるのは反対ですな。しかもこのような肌の娘が」
サバナムは皇帝を恐れぬ大胆な発言をさらりと口にした。皇帝は何も言えず、強く座椅子の腕を握り締めるだけであった。アファルトルは用心深げな顔つきで皆の顔を見つめる。
「皇帝とはその血の純血性でわれわれと国民の上に立つものであるべきでは?」
サバナムはいかめしく眉を寄せて、ぎろりと皆の顔をねめた。
「サバナム殿はそう思われますか」
マーリンはにっこりとサバナムに向かってほほ笑んだ。サバナムはマーリンを見やるとますます苦い顔つきになった。
「わたしがこのように言ってもあまり信用なさらない方もおられましょうが、わたしとしては皇帝のご判断は正しいと思います。なぜなら、皇族はその純血性を極めるあまり、知性その他を代々低めているからです。しかも三人の皇子をなくし、皇室自体のバランスも崩れかけております。もしもここで他の皇太子を後続から選ぶとすれば、おそらく皇帝は今以上の打撃を受けることになるでしょう。
「それならば、安定化を図るために皇女を皇太子に据え置こうというわけです。彼女を皇太子とすれば、おのずとその夫が皇帝になるわけですから。三人の皇子が亡くなられた現時点でサバナム殿の言う純血は絶えたのです。
今回のことは例外中の例外です。それも思いもかけぬ惨事によってのことですし、試してみよ、と神が言っておられるのではないでしょうか?」
「しかしそうするしかない、だろう?」
マイルズがマーリンを見てにやりと笑う。
マーリンは金の長である。大神官の唯一の血族でもあり、親族でもある。サバナムは帝国が神殿に支配されるのを極度に恐れている。そのため、マーリンを後ろ盾に持つアファルトルを警戒しているのだ。
他のものはそのサバナムの懸念を考えすぎと思っている。今のところ、アファルトルを皇太子にすることに反対しているのはサバナムだけであった。
「サバナム殿、一時的な措置であるから……」
リトリウムが助け船を出した。
「うむ……」
サバナムが唸ったとき、皇帝は明らかに安どのため息をついた。自分の隣の皇女の肩に手をかけ、立たせた。
「アファルトル=ラ・ルマリアン皇女である。今回の決定は有効のものとする。解散してよろしい」
アファルトルは誰に教えられたわけでもなかったが、とても初めてとは思えぬ威風堂々としたものだった。
マーリンを残して五長が解散した後、皇帝はアファルトルの手を握り、言った。
「アファルトル……今日からおまえはこの皇室の住まいを移しなさい。今まで父らしゅうのうてすまなかった」
アファルトルは五年ぶりの父の言葉にためらう。あのころと比べものにならぬほど年老いた父に、憐みを感じた。
「いいえ、父上。わたしはこうして父上とお会いできてうれしゅうございます」
そのまま、アファルトルは父の自室に一番近い部屋まで連れて行かれ、彼女が再び出ていく三ヶ月後まで、父親の看病をすることになった。