(12)
アスランはキュッ眉をしかめると、「ラ・ルマリアン……?」とつぶやいた。
「そうだ。今、ラ・ルマリアンは危うい。わたしはブラウニーの長老からその助け手となる者を教えてもろうた。間違いなければ、それはそなたのことなのだが」
すでに南方では消滅した古語らしき言葉でしゃべる少年の口から聞かされた意外な事実に、アスランは目を見張る。
「お前は……一体?」
「わたしは……ラ・ルマリアンの皇女、アファルトル=ラ・ルマリアン」
「皇女……?」
「そうだ」
アスランは思わず口を拭く。
「話は飲み込めた。しかし、助け手ならばこのオレひとりではなく、国ひとつに頼めばいいだろうが」
「もっともなことだが、わたしはそなたに頼れと言われた故」
「オレに何ができると言うんだ?」 アスランは呆れたように両手を広げる。
「わたしには今は信じることしかできないのだ。頼むッ、わたしの頼みを聞いてはもらえぬか?」
アファルトルはがばと地にひれ伏し、うつむき叫んだ。
「このままでは国も、このラ・ルーもダメに成ってしまう。大神官の邪気に汚されてしまう。一刻を争うのだ。じたばたしておれば、大神官はそなたの故郷までも我がものとしてしまうであろう。そうなってしまっては遅いのだっ。そうなってしまう前に、大神官を滅してしまわねばならぬっ! 我が頼みを聞いてくれぬか?」
アファルトルはいっそう地に這いつくばり、威厳もかなぐり捨て、素性の知れぬアスランに必死で請うた。
アスランはため息を付き、「皇女……頭を上げてくれないか。それでは話が聞きにくい。あなたも話しにくいだろう?」
彼はアファルトルの脇を取り、立ち上がらせる。彼女は毅然と彼を見つめる。明らかに年下であるはずなのに、なんと対等に相手を見据える少女なのだろう……と、彼は密かに感服する。
「それではわたしの頼みを受けてくれるというのか?」
「む……それは」
アスランは顔をしかめる。
「そなたは北へ向かおうとしていた。ラ・ルマリアンに行くつもりなのではないか? それがなぜ否というのか?」
「面倒が嫌いなだけだ。オレには関係ない」
アファルトルはイライラと眉を歪める。ギュッと両拳を握りしめ、杖の感触を覚える。ハッとして、彼女は気を静め、もう一度言った。
「ならば、わたしがそなたに随行しても構わぬか? 別にもうそなたに無理は申さぬ。そなたのラ・ルマリアンへの旅の道連れにさせてもらう」
アスランは彼女のあまりのしつこさに呆れ返りつつ、あからさまに渋い顔をする。
「よいか?」
アスランは閉口し、ただ「ああ」とだけ答えた。
二人はただ黙々と旅路を進んだ。アスランが足を止め、近くの茂みのそばに腰を下ろすと、アファルトルも少し離れた場所に座り込んだ。適当にあたりを探って木の実や果実を集め、黙々と食べ始める。
(おなか空いたよぉ……)
アスランはふと顔を上げ、あたりを見回す。アファルトルはむっつりと果実をかじっている。
(おしっこにも行きたくなったぁ……)
(シッ)
アスランは顔をしかめる。彼は腰の革袋の紐をそっと緩め、中を探った。
「きゃああああ〜!!」
投石のように二匹の仔ネズミが袋から飛び出した。コロコロと転がりながらアファルトルの足元まで逃げていく。それをアファルトルがひょいと受け止める。手のひらのなかで小さな仔ネズミが暴れている。
「離してぇ!!」
「てめぇ! ミルトを離せ! 食いつくぞ!!」
タスクは彼女の堅い革靴に歯を立てて、一生懸命に攻撃する。彼女は手のなかの仔ネズミをそっと見た。ミルトと呼ばれた仔ネズミは太い銀のリングをまるで王冠のように頭にかぶっている。アファルトルは、そっとそれを取り、見つめた。




