(2)
大神官の名はショウリーン。
いつから彼が大神官をしているのか、誰にも定かなことは分かっていない。彼が、アルビノの子どもを代々神官に好んで使うことは知られている。しかし、ショウリーンはそうするずっと以前からいたように伝えられている。
約七百年前に彼はこの国にやってきた。当時、すたれた神殿と宗教を立て直したのだ。もともと邪教をいただく、この国にとって彼は開祖そのもの、生き神になった。
魔法ともいえる何らかの力で、彼は都市と神殿を作った。北に向かって五芒星を逆さにした塀と大通り。中央の五角形に神殿を配し、放射状の三角形を五老院——五長の拝領とした。真北の星の股の部分に皇帝領を置き、宮殿を据えた。巨大な五芒星は円を描く高い塀に囲まれ、その中に街をつくった。それを一夜にしてなしたと言われている。
古い神を崇める国民はショウリーンを迷いなく迎え入れ、その教えを躊躇なく受け入れた。
ラ・ルマリアンは神殿と帝国という二つの権力に支配されている。
建国復興当時は神殿に対し、帝国は幼い子どものように従順だった。しかし、七百年の時は帝国を成長させ、力と知恵を持たせた。
この国には五老院という五人の有力貴族による機関がある。『金』『木』『火』『水』『土』と呼ばれる五人の長がいなければ、皇帝は政治に関して何も決めることができない。五老院のうち一人でも欠ければ、その執政力は無効と化す。
また、五つの長は踏襲される。最高長は『金』。金の長が大神官の直系の家系だからだ。
帝国は現在、不穏な空気に包まれている。
最後の世継ぎの皇太子であるルキウスの盃に遅行性の毒が盛られた。ほぼ同時刻に正室も死んだことで毒殺が明らかとなった。
世継ぎをなくした皇帝に、金の長が五長を代表して進言した。
「帝国には最後の皇女がおります。女児だが、据え置きという形で対面を取られてはいかがでしょうか」
やむを得ず。
皇帝はいまだ独身の金の長を皇女の正当な婚約者とし、皇女を最初の女皇帝にすることを善処策とした。
バンッ!!
激しくドアが開く。血相を変えた皇女アファルトルが、金の長マーリンの書斎に駆け込んできたのだ。
「まただ!!」
アファルトルは顔をひきつらせて叫んだ。
「おまえはこのような時になぜこのようなところにいるのだ! はよう父上のところへ行かぬか!」
もうすでに陽は傾いている。アファルトルは先ほどまで皇居に用事があり赴いていたのだ。が、そこで彼女は緊急の大事を知って、皇室からこの金宮まで全速力で駆け戻ってきたのだ。
彼女は、幼いころに側室であった母をなくして以降、マーリンが皇女の後ろ盾として教育がてら、金宮を居城としてともにくらしていた。
「存じておりますよ、アファルトル皇女。わたしもつい先ほど小姓から聞き及びました」
マーリンはアファルトルの神経を逆なでするくらいに、ゆっくりと微笑さえも浮かべて言った。彼女は歯がゆそうに足で激しく床を鳴らす。
アファルトルはスカートなどはいたことがない。いつも男性の服を身につけ、活発に行動する。一見その姿は少年にしか見えない。短丈の羊毛の上着に、ぴったりとしたズボン。鋭い怜悧な面は女性らしい柔和さに欠けている。肌は琥珀色、その瞳はアルギウス皇帝と同じ緑色だった。金色に輝くたてがみのような髪は結えず、背中に垂らしたままだ。
皇子であればと五長たちは思ったという。しかし、アファルトルは亡くなった兄たちが持ち得なかった気品と風格を備え、その姿は若かりし頃のアルギウス皇帝に似ていた。見る者の目をひきつけてやまないほどに、美しく輝いている。
そんな美しさを知っているのか、青筋を立てて怒鳴る彼女を、マーリンは楽しそうに目を細めて見つめている。
「何を笑っている! はよう支度をせぬか。マーリン、おまえがおらぬとわたしは父上に目通りできぬ」
アファルトルがあまりにも母に似ていると、彼女の母リュリスを寵愛した皇帝は娘を遠ざけた。彼女は愛する父の機嫌を損ねないため、馬鹿正直にマーリンと一緒でないと皇帝に会わないようにした。彼女は恨めしそうにマーリンを睨みつける。彼はやっと重い腰を上げた。
「そのようなことより、もっと大切なことがあるのですよ、皇女」
アファルトルはきっと眉を吊り上げる。「何だそれは」という目でマーリンを見る。
「すでに使者を五長に送っております。五長がそろえば決まったも同然でしょう」
マーリンが手を叩くと、小姓が控え部屋から現れて、彼の肩に金地のマントをかけた。二人は馬車に乗り、皇居に向かった。