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白き子  作者: 藍上央理
第三章 破邪の杖
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(9)

 茨や蔦が複雑に絡まりあった茂みの前に出た。アスランはひざまずき、恒例の挨拶を述べる。

「ラ・ルーに住まうあらゆる精霊のひとりよ。御身の仮名かりなを我が前に記されよ。我が精霊の兄弟よ、我が名はアスランと申す」

 すると、茂みの奥から聞き覚えのある泣き声が沸き立ち、いそいそと一匹の老ネズミが杖に頼りつつ、出てきた。

「わが精霊の兄弟よ、我が名はモールと申す。魔法ネズミの長老である。我が一族になに用か」

 老ネズミは片手を上げ、アスランに問うた。その背後で仔ネズミたちが押し合いへし合いこちらを伺っている。

「一晩寝所をお貸しいただきたい。どこか適当なところを見繕ってくれまいか」

「よろしいとも」

 老ネズミが後ろを振り返ると、仔ネズミたちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。運悪く逃げ遅れた仔ネズミが老ネズミに首根っこを捕まえられ、「こやつに案内させよう。こりゃ、よいかの」

 観念した仔ネズミは渋々頷き、「ミルト、おいで。お前も来いって」と茂みの奥に呼びかけた。ちょこちょこと仔ネズミが這い出てきて、ちょこんとアスランの前に並んだ。老ネズミは「この兄妹が、御身を案内するじゃろう」といい、茂みのなかに戻っていった。

 兄妹は何やらこづきあい、この珍客に話しかける面倒をお互いになすりつけている。見覚えのある仔ネズミたち、アスランはさきほどのかしましい兄妹ネズミを思い出す。

「あの壺は宝物なのか?」

 すると、妹ネズミが目を輝かせ、「ううん、違うの。お兄ちゃんのお漏らしよ」

「黙れ!」と一発。涙を浮かべて頭を抑えている妹を尻目に、兄ネズミは、「お前、さっきの人間だろう。なんだ、逃げなかったのかよ」

「充分、怖かったさ」アスランは口元を伸ばし、ニッと笑う。

「でも、笑ってたもん」と妹ネズミが言う。兄が手を振り上げたのを見ると、ササーッと妹ネズミはアスランの陰に隠れた。

「名はなんというんだ?」アスランが尋ねると、

「ボクはタスク。そっちのバカはミルトってんだ。お前は?」

「オレはアスラン」

「こっち来な」タスクは自分の知っている適当な場所へアスランを案内した。

「ミルトのバカはあんな事言ったけど」タスクはチラチラとアスランを見上げつつ、「あン中にはミルトのお漏らしだってあったんだ」

 先ほどまでアスランの後ろを歩いていたミルトが駆けて来て、「バカーーッ! なんでそんなこと言うのォーーッ! ひどい、お兄ちゃん」と拳を握り、腕をグリグリ振り回しながら、殴りかかっていった。タスクはそれをひょいひょいよけながら、「バカはお前だろ!? お前が先にばらしたんだぞ!」と言い、妹をこづく。ミルトはぐずりながら、兄の後ろをついていく。

 兄妹はアスランが最初に寝転んでいた場所に彼を連れてきて、言った。

「ここはボクたちの遊び場なんだ。あんまりいじらないでよ。お前、ただでさえでっかいんだから」

「ああ」アスランは笑う。もしもいっしょに育っていると、あんなふうになるのだろうか……兄妹とは。アスランは横になり、腕を枕に横になった。

「なぁなぁ、アスラン。お前、ここに何しに来たんだ?」

 目を開けると、すぐ目のまえにタスクとミルトがたち、アスランを覗きこんでいる。ハツカネズミのような細い顔。個体それぞれだが、明るい金茶っぽい毛並み。薄いピンクの鼻面に、嘘のように小さな五本指の手。長い指を持つおもちゃのような足。もこもこした毛皮に、全てがまん丸く収まり、ふたつの毛玉が、きょとんとアスランを見つめている。まるで闇を映したよう朝露のような瞳。長い繊細なまつげが、キラキラとその朝露の上で光っている。しばらくアスランはふたりを眺めていた。

 怖いものなしのミルトはそろりとその可愛らしい手を出し、アスランの鼻をさする。

「おっきい」そう言うと、今度は自分の小さな鼻をさする。

「おっきいといっぱいいるね」

「なにがだい?」アスランは二匹を驚かさぬように小さく囁いた。

「お花みたいにいい匂いのするもの。アタシはこんくらいでいいの。だってちっちゃいのよ」と言って、親指と人差指とで小さな隙間を作る。

 すると、タスクがミルトを小突き、「バカ言ってらぁ、今は兄ちゃんがアスランに聞いてんだぞ」

 ミルトはプゥとふくれて、兄を睨んだ。

 アスランは二匹を見比べると、「オレはこの森に願い事があってやってきた」

「どんなこと?」

 ミルトが目を輝かせて尋ねた。

「それは言えない」

「フン! どうせろくでもないことに決まってんらぁ。ここに来る人間どもの願い事なんて、どんなもんかお見通しさ!」

「ほぉ」

「やれ魔法の杖をくれ、どんな病も癒やす薬をくれ、そんなんばっかしさっ! この森にだってまともに入ってこれやしない。ボクが目をひんむいて脅かしてやったら、腰を抜かして逃げていくんだ」

「お兄ちゃん、ほんとに怖いみたいなの」

 魔力に勝てぬ精神力の持ち主がこの森に入れば、あらゆるものが歪んで見えているに違いない。

「ずいぶん恐ろしく見えているんだろうよ。例えばこんな風にな!」と言い様、アスランは怒号し、両腕でもって激しく地面を叩き鳴らした。二匹の仔ネズミは悲鳴を上げ、飛ぶように逃げていった。

「いいかげん、オレを寝かせてくれよ……」アスランは眠たそうにそうつぶやくと、またごろりと横になった。

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