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白き子  作者: 藍上央理
第三章 破邪の杖
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(2)

 ラ・ルマリアンの都市から、ラ・ルーまでかなりの距離を隔てていたが、、アファルトルはその屈強な精神力でもって、幾日にも及ぶ強行軍にもへこたれず、ようやくかなたにラ・ルーの梢を望むことができた。積雪も少なくなり、温度も大分和らいできたが、寒さと乾燥のために彼女の頬は赤く突っ張っている。ここ何日もろくに食べ物を食べておらず、唇はかさかさに干からびてしまい、時折それをぺろりとなめる仕草が目立つ。

 アファルトル自身、まずいな……と思い始めている。細くを緩め、ある程度休息を取ってから前進することにした。彼女の敵は背後にいるが、今はそれらのことを腹心マーリンに任せ、彼女はラ・ルーに援軍を求めにきたのだった。それは彼女でなく場果たせぬ役目であった。

 前方には燦然とした光景。ラ・ルマリアン側のラ・ルーの木々がひしゃげ、背後の木々を護るように傾き、折り重なり朽ちていこうとしている。

 ラ・ルーの森でさえ、あのラ・ルマリアンの放つ邪気に打ち勝つすべがないようであった。

 アファルトルは大神官の嗤笑する声が聞こえてくる想いがした。苦々しく眉をしかめると、また歩き出す。

 まだ、彼ら——ラ・ルーの森が契約を覚えているようなら、血族の私も大丈夫なのだが……という思いを胸に秘めて……

 アファルトルの先祖に森と契約を交わしたものがいた。ラ・ルマリアン皇帝家が起こったのもそれが始まりだった。その精なる血も薄れてしまったとはいえ、彼女もその血統を受け継いでいる。契約がすでに向こうになっていれば、アファルトルは自分の精神力の強さにかけねばならない。

 アファルトルは正当な血統ではない。妾腹の庶子だ。この試みは父母のためでもあった。

 遠い南の島の姫だった母、リュリスは貢物として父、アルギウスに下げ渡された。

(母は父を愛していたであろうか)

 父のためだけに歌い、片時もそばを離れず、父のすべてが自分のすべてであった母を思い出す。

(母は幸せであったろうか)

 正妃の非難にも耳をかさず、母の離宮で母が死ぬ瞬間まで寝食を共にしていた父を思う。

(父は母を愛していたであろうか)

 母の死んだ後も母をいつくしみ忘れることができなかった父を思い出す。

(私は幸せだったろうか……)

 笑いが絶えず、父母がそばにおり、抱きしめられ、なんの悲しみも味わったことのなかった幼いころ。

 それはもう遠い過去。

 しかし、今になってそれらがアファルトルのここの中で渦巻く。森の中へ入ることにためらいを感じさせるほどに。が、選択の余地などない。

 アファルトルはゆっくりと森の中に手を差し入れる。まるで水の中に沈んでいくような妙な感覚が全身を包む。差し入れた手だけが別の物体にのめり込んでいくような妙な感触。

 不意にアファルトルの手のデッサンがわずかに狂う。軍やりとひしゃげ、別の生き物に変化していく。指は五匹のこ蛇となり、鎌首をもたげ、あらゆる方向に呼気を吐きかける。アファルトルはわずかに眉を上げたのみ。

 形態は次々び変化していく。土虫となり、たがいに身をくねらせ、どろどろと黒ずんだ緑色の体液をまき散らす。ただアファルトルは見つめるのみ。

 五本の指は形を変え、ついに人の姿となった。見覚えのある姿だ。塔にいなくなってしまったものもいる。それらは互いにののしり合い、小さな腕を振り上げ周りのものを傷つけている。アファルトルの顔の筋肉がわずかに動く。痛みが伝わってくるのだ。最後に生き残り、血まみれとなった指が、アファルトルを見据える。

 リュリスの顔をした指人形が、ぷクプくと水泡のはじけるような音の交じった聞き取りにくい声で、

「アパ、いい子にしてた? いい子にしてなけりゃ、お仕置きだからね」

 と嬌声を上げて笑う。

 アファルトルは冷めた目でそれを見つめ、次に森の奥に目を凝らした。

「これが私への試練なのか?」

「いいえ、アパ。これはほんの小手調べ。こんなお手手一本で一体何をさせようというつもりだったの?」

 血まみれの母はにたりと笑う。

 アファルトルは唇を引き締めると、森の中に分け入った。

完結していますが、同人誌作品のため、デジタルに手打ちしなければならず、現在はここまで手打ちしなおしております。続きは気長にお待ちいただければと思います。

途中で終わってしまい

申し訳ありません。

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