(8)
正午近く、政務の間に四大臣がそろって、ラグナロクが来る一時を惜しんで、話し合っていた。
「ふむ……御子息もそう言っておられましたか」
ガス=ムルシュ候はあごに手を当て、うなずいた。リーアン候は一同を見回した。
「まさか、わしらがすでにそのことについて検討し合っているとは知らぬようであったよ。難点を申せば、ラグナロク様だ。個人的感情に走られまいが……」
「まぁ……いかんせん殿下とはいえ、放蕩の身。ここで一つ、その能力というものを見せてもらわねばなるまいて」
リーアン候と同じく初老のワトキンス候は、刈りそろえた長いあごひげをなでながら言った。
「ラグナロク様が女にしておくにはもったいおないほどの才覚の持ち主であるゆえ、アスラン様は放蕩できる身。少しは国の役に立ってもらいたいところ……どうにかしてラ・ルマリアンへの街道を築きたいという我らの気持ちを酌みしてはくれぬものか」
ライアン候の跡目、ウォルツはぼやいた。
「アスラン様なら我らの頼み、否とは言わぬだろう。使者としてではなく探訪者として、彼を遣わすことも道であろうな」
と、リーアン候。
「はてさて」
ワトキンス候は深いため息をつく。
「そのようなため息をつかれては、心の臓が口から飛び出しますぞ」
思案するように天井を見上げているムルシュ候がつぶやいた。
「そこまで老いとらんわい」
ワトキンス候はわざとしかめ面をしてみせると、ごほんと咳払いした。
「ワトキンスが老爺ならわしもじじいだ」
リーアン候がぼそりとのたまう。
「いやいや……そういうわけでは……」
ムルシュ候は苦笑いながら頭をかいた。そんな戯言を言い合っていると、ラグナロクがちょうどやってきた。
「あら、なんのお話でしたの?」
天使の笑みを浮かべて、彼らに問うた。
「いや、なんでもござらんよ……それより、ラグナロク様、我らの身で話し合うてみたが、アスラン様を使者にしてはどうかと……」
リーアン候がそう切り出したとたん、傍目でわかるほど、ラグナロクの顔色が蒼白になった。
「なにか、お気に障りましたかな」
リーアン候が慌てて席を立ち、ラグナロクの体を支える。ラグナロクはそれを制し、
「いえ、何でもないの。続けて」
しかし、その体は細かく震えている。リーアン候に支えられながら、彼女は席に着いた。
「森に入ったことがあるアスラン様にラ・ルーおよびラ・ルマリアン探索を願いたいのです」
ウォルツ候はラグナロクの顔色をうかがいつつ、リーアン候に代わって言った。ラグナロクの唇はわなわなとふるえたが、彼女はそのことを気づかせまいと懸命に冷静を装う。
「あなたたちは……アスランを、行かせたいというのね」
ラグナロクの顔は気の毒なほどひきつってはいたが、気丈にもその顔を上げ、一同の顔を見回す。声はもちろん震えてはいたが、
「アスランを行かせて、どんな得があるのか、教えてちょうだい」
と、切り返す。
「森に詳しいこと。地形に詳しいこと。外交に得手であること。魔道の心得があること。剣術が巧みであること。ラスグー代表として最適であること」
ラグナロクはウォルツ候を見やり、
「アスラン一人では行かせられません。軍隊と、助け手をつけなさい。誰がよいと思いますか?」
「それは……」
ウォルツ候は返答に困った。適当なものが思いつかないようだ。他のものも目をつむり、思案している。ワトキンス候は左右にふらふら頭を揺らし黙考している。ムルシュ候も口をもごもごさせて顎を撫でつけている。リーアン候は腕を組み唸っていたが、顔を上げ、ラグナロクを見やった。
「アシュトルーンはいかがですかな?」
「アシュトルーン……」
ラグナロクは両手を絡ませ、中指の指輪を見つめた。
「そうね、アシュトルーンなら……リーアン候、即刻アシュトルーンにこのことを通達しなさい。アスランはもしかするともうラ・ルーに向かっているかも知れないわ……」




