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白き子  作者: 藍上央理
第二章 追放者
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(3)

「アスラン……!」

 陽は高く昇り、白の背後のゴルドの森の樹木は、相変わらず黒々と梢を点に張っているが、二年前ほどのまがまがしさはある程度取り払われている。二日ぶりに魔道の塔から降りてきたアスランに、待ち構えていたようにラグナロが声をかけてきた。アスランはラグナロクをみとめると黙って屈託ない笑顔を返す。

「アスラン。四大臣に挨拶して。それからこのところやっと収拾のついた、開拓地への今後の配給や派遣のことを耳に入れておきたいから、政務の間に来てもらえるかしら」

 ラグナロクの瞳がアスランの表情から何か探るようにきらりと光る。二人は内庭から廊廟に入った。ラグナロクが先頭に立って政務の間に入ったとき、まだ四大臣は出向いていなかった。アスランはいぶかしげに室内を見回し、ラグナロクを見た。

「騙したのか」

「騙したわけじゃないわ。でも、執務の時間よりかなり早いけど。こうでもしないとあなたはわたしと二人きりになってくれないでしょう」

 アスランは険しく眉を寄せ、怖い目をしてラグナロクを睨む。そんな目つきなど、年中四大臣から受けているラグナロクにとって痛くも痒くもない。

「そろそろ、城に落ち付いてはどうかしら。魔道の塔も穏やかになったし、森の研究は魔道師に任せて貴方にわたしを手伝ってほしいの。あなたは大賢人マルロスから帝王学の講議も受けてるし……政治的なおつむをしてるわ。無理なことは言ってないつもりだけど?」

 ラグナロクは少し黙ってアスランの反応を待つ。少しも変わらない彼の様子を見て、ラグナロクはため息をつく。

「それにわたしも城の外を見ておかなくちゃいけない。城の留守をあなたにも任せたいの。四大臣には自分たちの領地の管理があって、いつも城に常駐できないでしょ? もう十何年も王領であるニヅラ草原にも行ってないし、遊牧民の粛清も必要だし……」

「そういうことじゃないんだろ、あんたの言いたいことは」

 アスランに居を真意を衝かれ、ラグナロクは一瞬黙る。しかしすぐ気を取り直す。

「いいえ、これだってわたしのつたえたいことよ。あなたに知ってもらいたいことだもの。でもすぐに私の本音を言ってしまったらすぐにあなたは逃げてしまうじゃない。現に四大臣と一緒にって持ちださなかったら、あなたはここに来ることを断ってたんじゃないの?」

 アスランは目を細めて顔をそむけてしまった。ラグナロクはやけになって話し続けた。

「わたし……本当に、あなたに、ここにずっと一緒にいてほしいの。わたしとともの生涯をすごしてほしいのよ。私が自分で決めたことなの。みんな祝福してくれるわ」

 言葉の勢いからラグナロクはアスランの腕をつかむ。

「ローバーというやつだから、無条件にそう思い込んでるだけなんだろ? おれが古の王だから、あんたは気にかかるだけだ。それにあんたは妹だ」

 アスランは苦り切った顔をすると、ラグナロクの腕をふりほどいて、政務の間から出て行った。ラグナロクはやるせない思いでつったているしかなかった。





 二年前、大賢人マルロスはアシュトルーンを連れてリーアン候の屋敷を訪ねた。当時より十六年前、リーアン候の娘ナターシャがだれの子かわからぬ子を宿し発狂した。黒の王はリーアン候の頼みも聞き入れず、不貞の女として北の時間離れの塔に監禁してしまった。

 それから十六年がたち、リーアン候はその当時ラグナロク=ティトゥール王妃の御子と同時に産声を上げたという、目の前の栗毛の少年を見つめた。ナターシャと瓜二つであることと、大賢人マルロスの証明によって、アシュトルーンの身元は保証された。父親は誰かと聞かれ、アシュトルーンは困惑した態でマルロスを見あげた。マルロスはアシュトルーンを安心させるように微笑み、候に向かって告げた。

「ある魔道師です。そのことでナターシャ殿は他のものに呪いをかけられたのです」

 候の脳裏に当時の宮廷魔道師であるサントルの姿が思い浮かんだ。まだ善王と謳われていたサムリアン国王の信任も厚かった彼は、後から来たマズラルの宮廷魔道師の地位から蹴落とされた。呪いをかけた人物に、候は即座にマズラルを思いはせた。候の心の中で勝手に想像が完結していくのをマルロスは見定めると、さらにこう言った。

「この子はある縁からサントルに長いこと養われていましたが、彼はこの子に出生の真実を告げなかったのです」

 アシュトルーンははっとしてマルロスの顔を改めて見つめた。マルロスはほほ笑み、うなずいた。マルロスの心遣いに心底感動し、アシュトルーンの眼に涙が浮かんだ。

「何をなくことがあろうか……? ここに来る前に大賢人に聞いていたのではないのか……?」

 候はアシュトルーンの肩に手を置くと、ぽんぽんといたわるように軽くたたいた。こうしてアシュトルーンは、侯爵家の息子としておさまったのだ。


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