表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白き子  作者: 藍上央理
第二章 追放者
10/50

(2)

「ねぇ……ラグナロク」

 アシュトルーンは物思いにふけっているラグナロクを見つめ、窓から塔の外を眺めた。この前アスランが出かけたのはいつだったろうか。確か初夏。今ではもう夏の青々とした庭園の木々は赤く染まりつつある。もうすぐ冬将軍の到来であった。その前にアスランがかえってくるといいけど……と、アシュトルーンはふと思う。

「え……?」

 ラグナロクは顔を上げる。

「アスランのいる森はもう枯れ始めてるかな……」

「そうかも。今年中に帰ってくればいいけど」

 ラグナロクは待ち焦がれた風でもなく答える。アシュトルーンはいぶかしむ。

(大概の女の子はいつもそわそわしてるものだけど……ラグナロクはそんじょそこらの女の子とは違うのかしら?)

「待ち遠しくないの?」

「ン?」

 ラグナロクはにっこりと笑う。

「わたしはいつもあの人と一緒にいるわよ。指輪を通さなくても、わたしがあの人の半身でいる限り、わたしは鳥になっていつもあの人とともにいるのよ? 信じられないでしょうけど」

「信じるよ。ラグナロクはうそを言わないから」

(アスラン……早く帰ってこいよ……)

 アシュトルーンは心の中で唸る。

「さてと、他に相談ごとはない? ないならもう戻ったほうがいいよ。陽が落ちたら石の塔は冷えるから」

「そうね」

 ラグナロクは立ち上がる。アシュトルーンの部屋を出て行こうとしたその時、振り返る。

「あと三日しないでアスランがかえってくるわ。今、白カラスになったわたしが見たのよ!」

 そう言うと笑いながら扉を閉じた。

 ラグナロクを知らないものがその場にいたなら、彼女は気がおかしいと思ったかもしれない。しかし、彼女は魔道国ラスグーの誇る一級の魔道師である。古の王であるアスランが吸収しきれなかった力を半分その体の中に内在させている。ラグナロクにできない魔法はほとんどないに等しい。彼女は確かにその魂を白カラスに変えて、アスランのもとまで飛翔させたのだろう。

 アシュトルーンは悲しげに考える。

 ラグナロクは古の王の巫女であり、運命の恋人になったのだ。そんな彼女とアスランとの間に、自分が入り込む余地などないのだ。





「なんだ、きさま」

 ラスグーの城門を護る門兵が、ひげ面の若い男を呼び止め、詰問した。

 アスランは森を探索する事情からひげをそらないことがある。そのことを知らない門兵が槍で彼を追い払うと、アスランは何も説明することなくそのまま立ち去ろうとした。

「待って!」

 そこへ、事態を事前に察知していたラグナロクがやってきて、アスランを引きとめた。

「おとなしく立ち去らないで、ちゃんと説明したらいいのに」

 ラグナロクが呆れて咎めると、アスランはそっけなく答えた。

「戻るのは別に今すぐじゃなくていい」

 そんな意地悪いことを言うアスランをラグナロクは引きずりながら城に連れもどり、侍女に身だしなみを整えさせた。


 アスランが戻ったことを知ったアシュトルーンは急いで白のアスランの自室に向かった。

 普段は身ぎれいなアスランがひげを生やしていること自体珍しい。そのひげ面を拝めず、アシュトルーンは残念な気分だった。悔しがるアシュトルーンをよそに、アスランは仏頂面で言った。

「少しはましな魔法を覚えたんだろうな、アシュト?」

 二年前と変わらず、アスランの背はアシュトルーンよりはるかに高い。

「そっちこそ、森の妖精探しに何か成果でもあるのか?」

 アスランを恋敵とみなしているのはアシュトルーンだけかもしれなかったが、二人はいつでも喧嘩腰で最初のうちはしゃべり合った。

「わるいけど、ぼくのほうは、この前、『アイロルーンの書』の裏解読の論文を長老会に提出したら、個室と図書館の書庫の鍵をもらったよ」

「ほぉ……おれはラ・チニルの森を見てきたが、コボルト数名の名前を聞き出したな。妖精魔法の話は聞きたくないか?」

「聞きたいね」

「それじゃあ、そっちの裏解読の話も聞かせてくれ」

 男二人はそう言いあうと肩を組み合い、そのまま魔道の塔にあるアシュトルーンの個室に向かった。結局魔道を研究し合う良き同士といえるのだろうか。

 二人はラグナロクが持ってきた酒を飲みながら、二三日は昼も夜もなく、酒をつまみに互いの研究結果を論じ合う。

 ラグナロクは仕事の合間に様子を見に行くが、彼女が入り込む余地などないくらいに、二人の議論は白熱する。はたまた、彼女が顔を出したとたんに気まずそうに黙ってアシュトルーンが苦笑っていたりする。かなりの酒瓶が部屋に転がると、二人ともいびきをかいて机に突っ伏して寝ていたりした。

 

 ラグナロクはいびきをかいて眠りこける二人の青年を眺める。二人にブランケットやマントをかけてやると、そっとアスランに近寄り、その黒髪に触れる。肩に触れる。ごつごつとして固い。

 二年前、まだ二人とも子どもだったときに触れ合った肩とは何かが違う。逞しくなったのだ、とふと思う。黒い髪は長いまま、無造作に金属製の髪留めで束ねてある。あのころと同じもの。彼女の中にある感情があふれ返る。

(あと一か月もしないうちに彼はまたどこかへ行ってしまう……わたしはもう十六の子どもじゃない……)

(わたしは女王であるかぎりこの国から出て行くことはできない……彼についていくこともこの国を捨てることもできない……)

 ラグナロクは名残惜しげにその場を離れ、塔を降りた。

(アスランはわたしを避けてる……わたしたちがローバーであることを認めようとしない……なにを恐れているの……?)

 彼女の母が死んだのは十九歳の時。なぜだかそれまでに彼女の思いを遂げなければならないように焦っている。他のものはローバーというだけで無条件にアスランとラグナロクの結婚を認めている。

 アスランだけがラグナロクを拒んでいるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ