優しくない僕と
先に前に投稿した短編を読むと話の流れとか前日とか時系列とかが分かっていいかなと。
これ→ http://ncode.syosetu.com/s4035c/
次の日の放課後。
飯田くんに連れられてやってきたのは妙に既視感のあるアパートだった。
「ちょっと? 飯田くん、もし僕の予想が当たってるとしたらハードルが高いなんてレベルじゃないんだけど、ねぇ?」
僕の質問に耳を貸すことなく飯田くんは見覚えのある部屋番号の前で止まってインターホンを押した。
「朝倉。俺だ。上がってもいいか」
「兄さんだね? 上がってくれて構わないよ」
しばらくすると妙に古めかしい言い回しが特徴的な声が答えた。何かとんでもない会話がなされたような気がするが、飯田くんは僕に先に入るように目で促すのでやむなく僕は「お邪魔します」と小さな声で言いながら朝倉さんの家に入った。玄関から伸びる廊下の先にある部屋の扉から光が零れている。後ろで飯田くんが鍵を閉めた音がする。
「どうした、相田。お前も来ることは事前に言ってある。さっさと入れ」
「飯田くん。誰だってボス部屋に入る前は一呼吸いるものなんだよ」
僕は深呼吸をして、扉を開ける。
相変わらず整頓された部屋には髪の毛一つ落ちておらず、朝倉さんがそこに座っていなければ誰も住んでいない新築に今日荷物を運び入れただけの部屋だった。
「やぁ、相田くん。今日は私に何か言いたいことがあるそうじゃないか。そうじゃなくても相田くんは久しぶりだからね。楽しみにしていたよ、ゆっくりしていっておくれ」
朝倉さんはクッションから立ち上がり、自分とテーブルを挟んだ向かい側のクッションに座るように促すと、自分はお茶を淹れる準備をし始めた。
促されたとおりに朝倉さんの正面に座る。飯田くんは僕の左側に座った。
「飯田くん。僕は朝倉さんに言いたいことがあるなんて一言も言ってないよね。それに、飯田くんと朝倉さんが兄妹だなんて僕聞いてないよ?」
「そりゃ、言ってないから知らないのはあたりまえだわな。相田、教えといてやるが朝倉は俺の従妹だ。だから安心していいぞ」
何が安心していいだ。僕は脳内の人物相関図に飯田くんと朝倉さんの間に線を引いて従兄妹と書く作業で手一杯だった。
「驚いたか? 高校までは全然違うところで暮らしていたんだがこいつがこっちの大学に入るって言うんでな。こっちに来て久しぶりにあった時は俺もちょっと驚いたけどな。あ、従妹とは言ったが俺のほうが少し早く生まれただけで歳は離れてないぞ」
僕はまだ開いた口が塞がらなかった。ギャップがありすぎるのだ。パッと見ヤンキーとパッと見生徒会長では同じ空間にいることですら違和感があるというのに。
「兄さんが相田くんと知り合いだって知ったときびっくりしたね。どう考えても相田くんは兄さんみたいな人とは関り合いになるのを避けるだろうからね」
今だってあんまり知り合いだとは思われたくないですよ。だって、飯田くんと並んで歩くとどうしたって目立ってしまうのだ。
「おい、あのヤンキーの横のやつ何やったんだよ……」
「かわいそうに……」
なんてこれからシメられに行くやつを見送るようなセリフは幾度と無く聞いてきたし、憐れむ視線を向けてきた人も数知れない。飯田くんの服装も相まって明らかにヤバイやつという偏見が飯田くんを目立たせている。本人は全く気にしていないが。そんなんだから誤解が解けないんだよ。
「それで、相田くん私に言いたいこととは何かね。力になれるようだったら微力ながら協力させてもらうよ? 兄さんの友達でもあるし」
「そうだぞ、相田。朝倉は俺とは違って優秀なやつだからな。大船に乗ったつもりで相談するといいぞ」
飯田くんは無責任にも言っている。飯田くんに恋愛相談をして飯田くんの船に乗ったら突然、朝倉さんの船に乗り移れと言われたのだ。しかも、よりによって僕の苦手な朝倉さんに。いつまでも黙っているわけにも行かないので僕は勢いだけで話し始めた。
「実は僕、好きな人がいるっていう相談を飯田くんにしたんですけどね。それならもっといい相談相手がいるって言われて来ただけなんですよ」
あれ、この話題振り墓穴掘っていく流れじゃないか? 飯田くんニヤけてるし。
「この私に恋愛相談か。まぁ、一応恋愛経験が無いわけではないが。いい相談相手として兄さんに紹介されるほどではないのだが」
「いや、朝倉。俺が言うんだ。お前は相田の良き相談相手になれるだろう。間違いなくな」
飯田くんは根拠のない自信たっぷりに朝倉さんに言う。飯田くん、朝倉さんに彼氏がいると知っておきながら相談させるなんて鬼畜にも程があるよ。
「としても、まずは詳しい話を聞かないと何が問題なのかもわからないしな。もう少し詳しく話してはくれないか相田くん」
朝倉さんも乗ってしまった。これは話題ふりを間違った僕が悪いのだろうか、それとも最初からこの流れになるのは定めだったんだろうか。僕はやむなく朝倉さんに朝倉さんが好きなことを朝倉さんの名前は出さずに話すという恥ずかしい思いを暫くするはめになった。
「なるほど。彼氏がいる人を好きなってしまったというわけか。それはさぞ辛いだろうな」
はい、辛いです。横の飯田くんの含み笑いは腹立つ。朝倉さんは真剣な顔をして本気で悩んでくれているというのにこの男は。
「兄さん。兄さんも少し考えてはくれないだろうか。私だけが考えるよりも兄さんも手伝ってくれたら更にいい考えが浮かぶかもしれん」
「三人寄れば文殊の知恵って言うしな。よーし、お兄ちゃん頑張っちゃうぞー」
飯田くんは全く考える気がないようだ。ほんとになんでこの人に最初に相談してしまったんだろうか。あ、他に相談する人がいなかったからか。納得。
「一つ訊いておきたいことがあるんだが相田くんと君の想い人はどのくらい仲がいいのだろうか?」
一人暮らしの家に呼ばれるくらいには仲いいです、とは言えない。どうしたものか。
「そうだな、相田のやつを飯に誘ってその後ボウリングを一緒にする程度には仲よかったよな?」
飯田くんが全力で僕をいじめ始めた。最初から協力する気はなかったんだろうけど。
「それはだいぶ仲がいいじゃないか。もしかしたらチャンスがあるかもしれないな、相田くん」
ここに来てこんな話をしている時点でチャンスも何もあったものではないのだけれど。もう、早々に切り上げて飯田くんに奢らせて旨いもので心を癒やしたい。
「飯田くん。やっぱりこんな話を朝倉さんにするのは悪いよ。朝倉さん、今日は突然押しかけてこんな話をしてごめんね。僕らこれでお暇させてもらうよ」
僕が帰り支度を始めようとすると飯田くんがにやけた顔で僕の肩に手を置きながら、
「まぁ、俺の従妹が折角相談に乗ってくれてんだ。一つぐらい解決策を聞いてから帰っても遅くはないんじゃねえか? なぁ、朝倉」
飯田くんは朝倉さんに何かを促すような目配せをすると、自分は帰り支度をし始めた。
「まぁ? 俺はちょっとこの後用事があるからここでいなくなっちゃうけどもしっかり朝倉からアドバイス貰ってから帰るんだぞ? いいか、飯田」
「え、ちょっと?」
僕が突然の帰宅宣言に戸惑っている間に飯田くんは家から出てしまっていた。
朝倉さんも少しあっけにとられているのか困ったような表情をしていたが、やがて僕の方へ向き直ると僕の顔を見つめて、
「二人になってしまったね」
とだけ言って黙ってしまった。それはズルいじゃないか朝倉さん。僕だってこの空間が嫌いってわけじゃないけど居心地良くないというか、息苦しいというか。
先程より人が一人減ったにも関わらず、むしろ僕にかかる圧迫感は増していた。
「飯田くん、お兄さんっていつもこんな感じだよね……」
苦し紛れに会話をつなげようと思い言葉を発するが、空気は重たいままだ。朝倉さんの口元は堅く閉ざされたまま動かない。さっきまでは飯田くんがいたおかげで飯田くんの方へ目を逸らす事ができたが、飯田くんがいない今はそれすら出来ない。
「朝倉さんは、どうやって今の彼氏と付き合ったんですか?」
何故かそんなことを訊いていた。朝倉さんの口元が暫くして動く。
「高校の時告白されたんだ。私はそんな気はなかったんだが随分思わせぶりな態度をとってしまっていたらしくてね。断るに断れなかったというのもあるんだ。付き合ったあとはそれなりに楽しくやっていたんだよ。彼が社会人になっても私はそんなに執着する性格ではないからね。会える時間が減っても私は平気だったんだ。私はね」
何やら始まってしまった。しかも、雲行きはかなり暗い。これが踏み抜いてはいけない地雷ってやつなのだろうか。朝倉さんは俯きながら続ける。
「でも、彼は平気ではなかったらしいんだ。丁度一ヶ月前、別れようと言われたよ。君には僕のことがわからないだろうと言われてしまったよ。彼の言うとおり彼の考え方なんて一切分からないし、わからなくても良いかなと思っていた。」
クレイモアをぶち抜いたらしい。朝倉さんの目は虚ろになっていた。掛ける言葉も無く、内心やっちまったと思いつつ何も話せずにいると朝倉さんは顔を上げて僕の方を向く。
朝倉さんの目には僕が写っていた。たぶん、朝倉さんの目には僕が写っていたんだろう。
「連絡がなくなった日になんだか牛丼を食べたくなってね。牛丼をたらふく食べようと思って滅多に行かない牛丼店に行ったんだ」
「朝倉さん。僕は……」
「そしたら、安い牛丼を食べている知り合いがいるじゃないか。そして、私と目が合うと挙動不審になっている。愉快になったね。なんて分かりやすい人なんだろうって」
朝倉さんの瞳は揺るがず、僕の目を捉えている。呼吸も出来ない。
「平気なつもりだったんだけどね。どうやら自分が思っている以上に彼のことを好きだったらしいんだ。君を見て愉快になったけれど、少し虚しかった。どこかでこの人なら分かるだろうかと次を求めている自分がいたんだよ。案外私は愛に餓えていたんだ」
朝倉さんは僕を見ていた。僕は朝倉さんを見られなかった。朝倉さんは立ち上がって僕の背後に回ると後ろから抱きしめてきた。息ができなかった。朝倉さんの息が耳にかかる。
「相田くんは優しいな」
背中が温かい。見えなかったけれど朝倉さんが泣いているのが分かった。朝倉さんが傷ついた姿を見せてくれる事が素直に言えば嬉しかった。僕は朝倉さんが黙ったのをいいことに勝手にしゃべることにした。
「優しくなんかないんです。朝倉さんに彼氏がいることを知った時は嫉妬しましたし、今だって別れたって聞いて嬉しくないわけじゃないんです。でも、今ここで泣いてる女の子を自分のものにしようだなんて思えないだけなんです」
朝倉さんは黙っている。僕はやけになって話し続ける。
「多分、僕なんてちょろい人間なんで好きな女の子じゃなくてもこうやって涙を見せられたらころっと好きになっちゃうと思うんですよ。だから、僕は優しいわけじゃないんです。ただのチキン野郎です」
言い切った後、自分で言ったことながら寂しくなった。これからも一生こんなことを言ってチャンスを逃して一人で生きてくんだろうな。
「チキンくん。私は君が言う優しくない態度にまだ振られて一ヶ月しか経っていないにも関わらずころっとなってしまったんだが。これは一体なんなのだろうね」
朝倉さんが頬に顔を一度寄せた。頬が温かった。
朝倉さんは立ち上がり、時計を確認して、
「よし、お刺身が食べたいな。回転寿司に行かないか?」
先ほどのうつろな目とは打って変わってさっぱりとした目で僕を見る。僕も立ち上がり、朝倉さんの顔を見つめて、今日、僕がここに来た目的を果たす事にした。
飯田くんには感謝したい。少なくとも、最後の条件に合う子を紹介してくれたんだから。
飯田くんナイスゥ!!
勢いで書いた。なんとか付き合わせたかった。最初に彼氏いる設定にしたことを深く後悔した。彼氏ごめん、なんか悪いやつみたいになったな。
取り敢えず相田くんと朝倉さん付き合うことになったけど飯田くんは?という感じなので今度は飯田くんを中心に据えてなんか書く。恋愛ものになるかは未定。下手くそだしね。取り敢えず読んでくれた方に感謝!!