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死神の時代  作者: 津島
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第二話

注意書きは第一話をご覧ください。

それから俺と理一の、大計画は始動した。まず、順を追って俺たちの行動を説明していく。その中で、この計画についても説明することとしよう。

俺と理一はふたりで話し合って、まずは“人材募集”のためにネットで呼びかけた。とりあえず、何より人数を獲得が先決だったのだ。

一番初めに、俺たちにEメールを送ってきたのは、本城深雪ほんじょうみゆきという少女だった。

メールの本文は非常に淡白で、見たところ漢字も敬語もまともに使えないという様子だった。だが、そのつたない文章からは、両親を惨く殺され、引き取られた先の家では可愛がってもらえず、荒んだ子供時代を送ったことに対する凄まじい憎しみがまざまざと伝わってきた。

「そいつなら信用できるさ。嘘で書ける文章じゃない」

理一のその一言で、彼女に会うことは決定した。

少し分かりづらい場所の指定をしてしまったが、普通のファミレスで待ち合わせをしたところ、彼女は1時間も遅れて到着した。

「メールの時点で常識のないやつだろうとは思ってたけど、さすがに一緒にやっていけるか不安になるな」

理一は怒っているというよりは状況を説明するように言った。言うことが正論すぎるだけで、沸点が低いわけではないのだ。というか、俺は理一が怒っているところを見たことがなかった。

反する俺は待っている間イラついていて、

「爪噛むなっつーの」

と、小さい頃と同じように理一に注意されていた。しかし、イラつくのも当たり前である。約束の時間をとうに過ぎているというのに、深雪はなんの連絡もよこさないのだ。何度かけても電話に出ない。

「もう帰ろうぜ、こねーよあいつ」

「じゃあ俺がこれ飲み終わったら帰ろう」

「それ、もう氷全部解けてんじゃねーか」

真夏というのに理一はドリンクバーのコーヒーをだらだらと時間をかけて飲んでいた。そのぬるくなっていそうなコーヒーを悠長にストローで吸い上げて、彼は入り口のほうをぼんやり眺めるだけだった。気が長いと言うか、感情が鈍いと言うか。

「俺おかわり取ってくる」

俺がもう何往復もしたドリンクバーへの道を再び歩み出したとき、来店したひとりの少女と目が合った。

「あ、」

最初に目印として送ってきた服装の写真と、完全に一致する人物がそこにいたのである。

薄いブルーのワイシャツに、太いプリーツのチェックの黒いミニスカート、紺のソックスとヒールの高いローファー。それは見る限り普通の女子高生のようないでたちだったが、この暑いのにネイビーのパーカーを着てフードを被っているのがなんとも異質だったので、俺はすぐに彼女だと分かった。首にピンクの大きなヘッドフォンを引っ掛けて、大きな黒縁の眼鏡をかけている。髪は短いようで、ボーイッシュな印象だった。

「本城さんですか」

俺は苛々したままの口調でそう尋ねた。

「あっ、はい」

少女は飄々として答える。目も唇もつんとしていて、愛想がない。背は女子にしては高いほうで、不健康な痩せ方をした脚だけを露出している。

「なんか言うことないの」

「……ちょっと取り込んでて」

「ごめんなさいだろ。遅れてすみませんだろ」

俺がそう言うと、深雪は一瞬しらっと俺から視線を外して、

「すみませんでした」

と、溜息をつくように言った。

溜息をつきたいのはどっちだ。俺はそう思いながら思わず舌打ちをする。

「禁煙席のいっちゃん奥に連れがいるから。髪の長いアイノコの男な。先行ってて」

俺はそう言い残してドリンクバーに早足で向かった。こいつとは絶対やっていけない、その時はそう確信していた。

それから俺が並々にコーラを注いだコップを持って席に戻ってくると、なんだか異様な雰囲気で理一と深雪が膝を突き合わせていた。

「だから、何してて遅れたって?」

ただならぬトーンの理一の問う声に、俺もなるべく邪魔しないようにそっと彼の隣に腰を下ろした。諭すような言い方になるとき、この饒舌な男は本気モードで人を説き伏せる。それをやられたら、どんな相手も黙りこくるか、あるいは全力で頭を下げざるを得ない。俺もそういうわけで彼と喧嘩して勝てたためしがなかった。所謂究極の正論家なのだ。しかも、究極に意地の悪い。

対する深雪は俯いていてフードのかげになり、目の表情がうかがえない。ただ、口元からして最高に機嫌が悪そうだった。それより、暑くないのだろうか。俺はそっちのほうが気になって、彼女の顔をじっと見ていた。

「どんな理由だって咎めたりしないよ、でもこれから一緒にやっていくんだから、嘘は無しだ」

「とか言って、咎めるくせに」

「咎めない。事情があったんだろう、それは一時的にはあんたが悪いにしても、長い目で見て因果関係を大きく捉えたら、他の何か大きな問題の所為であって、あんたの所為ではないに違いない。そう思ってなんでも言って欲しいんだ」

理一が何を言っているんだか、俺には難しくてよく分からなかったが、ということは深雪にも分かっていないだろう、と思った。

「どういうこと?」

やっぱり。

「分からなくてもいい。じゃあ、当ててみよう。軽犯罪か何かか?」

俺は理一のその言葉に驚いて、飲んでいたコーラが気管に入ってむせた。

「ごほっ、は、はあ!? 軽犯罪?」

「万引き」

小さな声で、深雪がそう言った。

「……なんで分かったの?」

そして、フードをそっと取る。短いくせ毛と、寂しそうな瞳が露になった。

そのとき、俺にもなんとなく、理一の言葉の意味が分かった気がした。俺たちは3人とも、同じ悲しみを体験した者であり、分かり合えないはずがないとさえ思ったのだ、その瞳を見た瞬間。

理一が横でふっと微笑み、

「俺もやりかけたことがあるから」

と言った。俺は驚いて目を見開く。急に何を暴露しはじめたのかと思った。

「まだ高校生? 学校へは行ってる?」

「……たまにね」

「誰と一緒に暮らしてる?」

「親が死んだとき、あたしを引き取ったアイノコの夫婦。サイテーよ。なんで引き取ったんだか」

俺が“俺もやりかけたことがある”に気をとられるうちに、ふたりの会話はどんどん進行していく。

「そうか……よし、これからよろしく。紹介が遅れた、会長の坂上理一だ」

そう言って、彼は美雪に手を差し出した。とんとん拍子にことが進むにも、ほどがある。

「……本城美雪。美雪って呼んで」

「ちょ、ちょっと待てよ! いいのか? そんな簡単に、なあ、理一」

「いいだろ。お前だって分かったはずさ。分かり合えないはずがないよ。彼女と」

先ほど自分が思ったことをそっくりそのまま言われて、俺は言い返す言葉が見つからなかった。

「でも……」

「でもじゃない」

「こんな奴と」

「こんな奴とか言うな」

理一がピシャリと言い放った。

「……お前も俺もろくでなしだ。でもそうなっちまったのは何の所為だ? 考えてみろよ、よく知ってるはずのことだろ」

俺はばつが悪くなって、苦し紛れに頭を掻いた。

「俺が変えたいのはこの国のやり方だけじゃない」

言っていることはもっともだったが、理一がこんなに夢見がちなことを言っているのは珍しくて、俺は思わずそこで反論する気をそがれて和んでしまった。何より、感情表現があまり豊かでない彼が、少しばかり楽しそうであることが俺を安心させた。その後、何度も、彼がそうして満ち足りた表情を浮かべるのを見るたびに、ああ、こんな面倒なことでもやり始めてよかったなと思った。俺の中では、この活動の最低条件は彼が生き生きしていることで、そうでない場合はいつやめさせたって構わないと本気で考えていた。俺は心底薄情だ。理一のように、世間やアイノコ全体のことを考えることはできなかった。そして今もできない。でも、そんな風に物事を重く捉えて生きるのは苦しいだろう。理一が俺のようにお気楽な男だったら、もう少し結末は変わっていたに違いない。

「万引きしたのに、よく数時間で普通にここに来られたもんだな」

俺はまた苛立った調子で深雪に訊いてしまった。

「アイノコなんてさ、怖がられるから、ちょっと脅せば簡単に開放してくれんの」

「何回目だ?」

「わかんない。やめられるもんならとっくにやめてるよ」

理一と喋っているときに比べると明らかに声のトーンが暗い。ああ、当たり前だけれど相当嫌われている。それを実感していたら、理一に「ほら見ろ」というような目線を送られたが、そのときは本当に深雪を好きになれなかったので嫌われようがどうしようがなんとも思わなかった。

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