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ここはなにかが欠けている

伝説の序章

作者: 浮月重月
掲載日:2026/10/16

「いい加減にせんか、このバカ息子が!」


とある男爵家の執務室で、この家の六男が父親に怒鳴られている。


ある平民が、しかも孤児だった少年が一代騎士を叙爵した事を妬み、

お前には相応しくない、辞退しろ、王立中央学院からも去れと、

友人達を引き連れて警告しに行ったところ、逆に停学処分になった。

同調したこの六男の友人達も同様に、である。


無論「警告」とは彼らの主観であり、実際は下級生への罵倒である。

そもそも貴族の家にいるだけで無位無官であり、身分は少年より下。

かつ、叙爵は国王陛下直々に行われており、言わば王国に叛意あり、

と捉えられてもおかしくない行動である。


単に恫喝しただけなら、まだなんとか誤魔化せたかもしれない。

しかし一部始終を見聞きしていた人物が拙かった。大公令嬢である。

国王陛下へ直接事件を伝えられる相手。しかも少年を推薦した人物。

少年は彼女のお気に入りでもあり、また筆頭公爵家の後押しもある。

特に四大名家のどこにも後ろ盾のない、この男爵家など塵に等しい。


幸いというか国王陛下まではこの話が行かなかったのか、

あるいは子供の戯言と大目に見られたのかは分からなかったが、

この男爵家を含め六男の友人達の実家へも処分は下されなかった。


王立中央学院からは書面で注意文が送られた程度で済んだ。

もっとも枚数は尋常ではない。なんと全教員の署名入りである。

件の少年は教員からの支持が殊の外高かったのだ。


男爵家としては周囲からの冷ややかな視線は無視出来なかった。

他の兄弟達は特に問題など起こしたりしなかったのになぜ…と。


元々この家は大公国との貿易で王国に代々貢献していたおかげで、

なんとか男爵にまでのし上がった、言わば成り上がりだった。

そうした意味では、罵倒された少年とは立場に大した差がない。

何を勘違いしたのか家の成り立ちをどこかに置き忘れた挙句、

少年を侮辱するのは物笑いの種でしかない。


男爵は愚か者へも理解出来るよう、延々と言って聞かせたのだが、

肝心の六男は上級貴族へ不興を買った事のみを反省しているようで、

かの少年に対しては見下した考えを持ち続けたままだった。


◆


この六男、アルバトロスは神童もどきだった。

一を聞いて十を知る、などと賢さを示す形容があるらしいが、

彼の場合一を聞いたら十を知った気になる事が非常に多かった。

とにかく、他人と会話をしていて何でも分かった気になるのだ。

話を最後まで聞かないせいで、肝心の要点が判ってない。


停学までやらかしてしまったのは今回が初めてだったものの、

王立中央学院での数々の講義は「初日出席したのでもう良かろう」

とばかりに雑な理解をしているものばかりである。


落第こそしていなかった。が、成績優秀者には一度もなっていない。

無意味なので発表されていないが、最下位までの順位表を作るなら、

不合格になる境界線上をいつも漂っているのが理解出来ただろう。

彼の仲の良い友人達も、成績や性格は非常に似通っていた。

それは一種の名人芸と言えるのかもしれない。


今回のやらかしはさすがに大きかったため、立場は非常に悪い。

だが反省したのは「周囲の目がある場所で上級貴族に知られた」事。

立場をわきまえない者に対しての警告は問題ないはずなのだ。

無論彼らの脳内だけで出た結論である。


◆


停学となった彼らは、現在学院への出入りこそ出来ないものの、

特に普段の行動に対して制限が課されている訳ではなかった。

よって、街中でこうして友人達と悪巧みをする事は可能なのである。


かの孤児は、休日には冒険者などしているらしい。

おそらく学費を稼がねばならないからであろう、みじめなものだ。

ついていって少し教育してやるのも悪くはなさそうだな。


などと会話していた。


彼らは座学こそ手を抜いてはいたが、実技は一応出席していた。

正確には、出席せねば単位を認められなかった為ではあるが、

大した腕前でもないにも関わらず将来の英雄気取りであった。


こちらは五名、向こうは単独行動。しかもこちらが三歳年長だ。

全員で囲んで押さえつけてしまえば、もうどうとでも出来よう。

そう考えて、かの少年が活動する日を狙い、こっそり付いていく。

結果、気づけば自分達が十数体の中型魔獣に囲まれていた。


正直、彼らは少年だけでなく冒険者の活動自体を舐めていた。

何せ彼ら、武器さえ持たずに森の中に入っていたのである。

魔獣に囲まれたと気づいた時は、さすがに顔色を変えていた。


が、その顔色はすぐ別の顔色に変わり、意識は遠のいた。


◆


アルバトロス達が気づけば、少年も魔獣達の姿も見当たらない。

助かった、と思う反面、何があったのかさっぱり理解出来ない。

とにかく無事ではあったのだ、慌てて森を後にする。


結局「教育」とやらは出来ずに衣服を泥まみれにしただけだった。

かの孤児への接触は次の機会を待つしかないか。


いっそ待ち伏せの為に冒険者登録をするのもいいかもしれない。

優秀な自分達ならすぐ頭角を現すだろう。小金も入るそうだし。


などと帰路の最中会話を交わす。

戦う以前に敗北していた者達が何を言っているのやら。


その頃の冒険者組合では、中型魔獣の解体が行われていた。

どの個体も傷ひとつないが、全てこと切れている。

《窒息》の魔術を使い、少年が仕留めたものである。

遭遇戦の獲物は、採集した薬草と同様、少年の研究費に変換された。


《窒息》の範囲に巻き込まれてしまっていたアルバトロス達は。

単純に少年に「見なかった事」にされていた。


こんな場所に本来、武器も持っていない人達がいるのがおかしい。

自己責任だし、幸い息はまだあるみたいだから放っておこう。


少年はアルバトロス達の顔すら覚えていなかった。些細な事なので。

「目指すは女性騎士」の後日譚。と言っていいのか。

「閃光の伝説」はここから始まった。

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