第16話:蠍の毒と黄金の砦
サシャ率いる数百の魔族と魔獣が加わったことで、豊穣の泉の要塞は一気に活気──いや、一国に匹敵するほどの『軍勢の熱気』に包まれていた。
かつては怯えるだけだった弱小種族の面々も、今や強力な魔獣たちと背を合わせ、拠点の強化に勤しんでいる。種族の垣根を超えたこの光景は、魔法至上主義の帝国では絶対にあり得ない、歪で、けれどどこか美しい調和だった。
「──ふうん。これが私のためにゴルドが用意してくれた部屋? 結構いいセンスをしてるじゃない」
要塞の内郭に新しく建てられた豪奢な石造りの館。その一室で、サシャは紫色の髪を弄りながら、満足げに微笑んでいた。
彼女の胸元には、妖艶に明滅する『蠍座の星痕』が刻まれている。
「サシャ殿に気に入っていただけたなら何よりだ。我が『神域の建築術』にかかれば、この程度の宮殿、一瞬で組み上がってみせる」
腕を組み、フンスと鼻を鳴らすゴルド。
二人の間には、数日前まで殺し合っていたような険悪さは微塵もなかった。志を同じくし、シリウスを『王』と仰ぐ者同士、すでに奇妙な信頼関係が芽生えている。
「状況把握。……サシャ、部屋でくつろいでるところ悪いが、ちょっと手伝ってほしい仕事がある」
俺はものぐさそうに部屋のドアを開け、首の後ろを掻きながら二人に声をかけた。
俺の前髪の内側では、サクラピンク、ゴールド、そしてサシャとの共鳴で灯ったヴァイオレット(紫)の三色のインナーカラーが、今も綺麗に発光している。
「あら、魔王様のご指名かしら? 何でも言って頂戴、今の私は自分の力を完璧にコントロールできるんだから」
サシャは艶然と微笑み、俺の後に続いて部屋を出た。
向かったのは、要塞の命綱である外郭の『巨大な石壁』の前だ。
そこには、フェリスや新入りのゴブリンたちが集まり、何かを待ち侘びるように目を輝かせていた。
「シリウス様、サシャさん! お疲れ様です!」
フェリスがサクラピンクの髪を弾ませて駆け寄ってくる。
「ゴルド、この前作った石壁、今のままでも十分頑丈だけど……これからは敵の規模が違ってくる。サシャの毒の力を使って、さらにトラップを仕込みたい」
「ほう、毒のトラップですか。……なるほど、面白い!」
ゴルドがニヤリと岩石のような顔を歪めた。
「サシャ, この石壁の表面に、あんたの『神罰の紫毒』を染み込ませることはできるか? 壁に触れた敵だけを弱体化させるような、調整した毒だ」
「お安い御用よ。今の私の毒は、私の意志で『誰を傷つけるか』を選べるもの。──いくわよ、ゴルド!」
サシャが胸元の星痕を輝かせ、石壁に向かって両手をかざした。
すると、彼女の指先から、神聖さすら感じるほどに澄んだ美しい紫色の魔力が放出され、石壁の隅々へと染み渡っていく。
すかさずゴルドが動き、その巨大な大槌を地面へとドォンと叩きつけた。
「応えよ、我が大槌ッ! 『神域の建築術』──魔毒の城壁ッ!!」
黄金の光と紫の光が、石壁の表面で激しく火花を散らしながら融合していく。
ただの頑丈な石の壁が、異物の侵入を拒絶し、触れた敵の魔力と体力を容赦なく吸い尽くす、恐るべき『呪いの防壁』へと進化を遂げたのだ。
「すご、い……! 壁が、綺麗な紫色に光ってる……!」
フェリスが呆然と目を見開く。
「これで、並の軍勢なら壁に触れることすらできずに全滅するわね。……ふふ、自分の力がこんな風に『誰かを守る壁』になるなんて、夢にも思わなかったわ」
サシャは自身の両手を見つめ、本当に嬉そうに、心からの笑顔を咲かせた。
かつて孤独に怯えていた毒の女王は、もうどこにもいない。
「状況把握。──100点満点だ。これなら、帝国が本気で攻めてきても数ヶ月は無傷で持ち堪えられるな」
俺は不敵に笑い、三色に輝く自分の髪を弄った。
アリエスの絶対防御。タウロスの一瞬の建築。スコーピウスの神罰の毒。
仲間が増えるたびに、この要塞は、そして俺の魔王軍は、世界の常識を置き去りにしてどこまでも進化していく。
「よし、インフラと防衛線の強化はこれで完璧だ。──次は、この大森林のさらに奥にいる、次の『星』を迎えにいくぞ」
魔王シリウスの極彩色の進撃は、大森林の勢力図を完全に塗り替えながら、さらなる領域へと突き進んでいく。




