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婚約者の好みに染まった悪女は、壊されてもなお愛が欲しい。【2000文字】

作者: 有梨束
掲載日:2026/03/05

私はもっと嫌な女だったと思う。


「申し訳ございませんでしたっ…!お許しください!」

紅茶まみれの使用人が必死に土下座している姿。

その使用人を踏みつける私のヒールの爪先。

その場面が、時々脳裏にチラつく。



「ジェラルド様、この香水はお好きですか?」

婚約者のジェラルド様に近づきすぎずに、にっこり微笑んでみせた。


「うん、ロゼッタに似合う香りだね」

和らげな表情で頷くジェラルド様は、今日も美しい。


そうよね、こういうふんわり香る甘い匂いがお好きですもんね!


「ロゼッタなら何でも似合うけれどね」

「まあ、嬉しいです」


この角度、この言い方、この声の出し方。

これがお好きですよね、ジェラルド様は。

だからもう派手で、威張って、横柄な態度を取ったりしない。


ジェラルド様に好かれるなら、どんな自分にでもなる。


はじめて笑ってくれた日から、その思いは変わらない。

あの日みたいに、また笑ってほしい。



ジェラルド様は、最初の頃はもっと無愛想だった。

私がシンプルなドレスと、シンプルなお化粧で会いに行った日、「そういうものも似合いますね」とはにかんでくれた。

あの顔に、私はキュンとしてしまった。

たったそれだけのことだけれど、私には大事なことだ。


それ以来、ジェラルド様の雰囲気は柔らかくなった。

それからだ、私がジェラルド様好みに染まっていったのは。


「たまには買い物と思ったけれど、ジェラルド様の好きそうなものはなかったわねぇ」

ドレスのお店の横を通った時、真っ黒なドレスが目に入った。


わあ、素敵ね…!

黒一色で艶やかさを表現したようなドレスだった。

きっと、私は似合うと思う。

それに私好みだ。

でも、ジェラルド様の横では着られない。


「ロゼッタはこういうドレスが好きなのかい?」

「え…」

振り向くと、愛しいその人がいて、私は目を丸くした。


「ジェラルド様…」

「偶然ロゼッタと出会えるなんて嬉しいな」

その目がいつもより暗く見えて、なんだか背筋が冷えた気がした。


よ、よかった、いつも通りのシンプルなドレスにしておいて。


「このドレス、ロゼッタに似合うだろうね」

「あ、でも…」

「いいんだよ、無理に僕の好みに合わせなくても」

その声に、血の気が引いていく気分だった。


ニコリと笑うジェラルド様の、目が笑っていなかった。


「そんなに僕に好かれたいのかい?」

その言葉が、頭を殴るようだった。


「ふふ、ロゼッタは可愛いねぇ」

ジェラルド様は私の髪を掬い、そこにキスを落とす。


いつもは、そんな触れ方しないのに。

ジェラルド様は節度ある人間が好みで、婚約者でもむやみやたらに触れなくて、だから私は近づきたい気持ちを抑えて、適切距離を保って…。


私の知っているジェラルド様じゃない。


「この髪型も、服装も、香水も、僕が好きなものだものね。話し方も仕草も、僕が好ましく見えるように頑張っているものね」

「なんで…」

「ねえ、ロゼッタ。その塗り固められたもので、僕が本当に好きになると思っていたの?」

弧を描いた口元が、歪んで見えて、私の息が荒くなっていく。


…ジェラルド様は、知っていたの?

それで、必死な私のことを、どう見ていたんですか…?



「全部知っていたよ」

その目の奥が怖いのに、目が逸らせない。


私はこんなジェラルド様、知らない。


「僕の好みが一つわかるたびに嬉しそうにしていたことも、好きでもないドレスを纏って笑っていたことも、社交が得意なように振る舞っていたことも」


他には、何を知っているんだろう。

私の醜い何もかもを、知られているんだろうか。


「…本当は傍若無人だったのに、それが落ち着いたことも知っているよ」

「…」

「だって、僕が嫌いなタイプだものね?」

その笑みが冷たいものに見えてきて、ハラハラと涙が止まらない。


そう、ジェラルド様の好みは、私と真逆だった。


私は孤児だからという理由だけで子どもを叩いたこともあるし、気に食わないご令嬢のいやらしい噂を流したことだってある。


少しミスしただけの使用人に、熱い紅茶をかけたこともある。

あの子が火傷をしたのかどうかも知らない。

ジェラルド様の好みに近づくまで、そんなこと気に留めたこともない。


「君のことはずっと嫌いだったんだ」

「…っ」


最初から私の本性はバレていたんだ…。

嫌われているのに、必死になって、ジェラルド様にもっと嫌われたのかな…。



「僕好みに変わろうとする君のことは、好ましく思っているよ」

「…え」


「今のロゼッタは好きだよ」


そう言って、あの日のようにはにかんで、はじめて抱き締めてくれた。


「…ジェラルド様、好きなんですっ」

「ロゼッタは悪い子なのに?」

「…ごめんなさい!」

「僕に好かれた途端、また醜く戻ってしまうかい?」

「そ、そんなこと…!ごめんなさい、ごめんなさい…!」

ジェラルド様の顔が美しく歪んだのが見えた。


「ようやくロゼッタを壊せた…」

何を言われているのかわからなかったけれど、どうでもよかった。


ジェラルド様に好かれることが、私の世界の全てだから。





お読みくださりありがとうございます!  毎日投稿64日目。

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