5.ちょっと待って。商業ギルドに行こう
家族はスラムの人間で知識がない上に、初の試みと言うこともあり父親の提案で商業ギルドに行くことになった。父親も母親も商業ギルドに登録して仕事をしているようで、商業ギルドには問題なく行けた。けれど、5歳で商業ギルドに行く人は居ないためか周りの人たちから好奇の視線を向けられる。けれど、異世界ものの定番みたいな喧嘩を売ってくる人は居なかった。商業ギルドの人に説明するため、赤ちゃんピアノのサイズ作らされ、それをギルドの受付をしている方に父親が見せる。収納魔法は貴重らしく父親は万が一も無いようにと大きめの箱にそれを入れて持っていくという形を取ってくれた。
本当に家族には感謝しかない。
商業ギルドに居た人も受付をしている方も見たことが無い赤ちゃんサイズのピアノを穴が空くようにじろじろと見られる。父親が街でこれを使っても良いかと尋ねると、ようやく何かを使うものだと理解したようで、使い方を聞いてきた。
これよりも本来なら大きいもので持ってきやすいように小さいものを作った旨を父親が受付の方に説明する。
じゃあこれは使えないのかなどと聞く受付の人に父親は作りを知らないからか私の顔を見る。
使えるよ、という意味を込めて軽く頷くと使ってくれないか、という顔をされたので、おずおずと前に出る。
今回は赤ちゃんサイズで受付に置かれているので、その赤ちゃんサイズのピアノを立ったままで軽く少しだけ弾く。アイドルの曲は流石に弾けないので、習いたて位の時に習った音楽で、誰が聞いても心地いい曲を選曲して弾く。
周りの人たちやギルドの人たちは楽しむ文化も音楽も無かったからか落ち着いて聴くというよりかは黙ってはいるけど、ランランとした目で見ている気がした。弾き終わり位に知らない人が有り得ない速度で走って来た。
弾き終わると同時に受付の人が、ギルドマスターと声を掛ける。どうやら有り得ない速度で走って来た人は、この商業ギルドのギルドマスターだったらしい。
父親も、やっぱり貴族や領主には敬意は無いようだけど商業ギルドのギルドマスターには敬意を払っているようで驚いたような顔をした後に頭を下げる。
ギルドマスターは先程の音楽を多少聴いていたのか遠隔で連絡できる何かがあるのか、ピアノを一瞥した後に、父親と私に奥の部屋に来るように声を掛けられた。
父親が、持ってきた箱に入れようとするとギルドの職員の方がピアノも箱も持って行ってくれた。
防音魔法や結界などガッチガチに固められたセキュリティー対策マックスの部屋へと案内される。
「で?それはなんだい。そこの嬢ちゃんが作ったんだろ?」
流石ギルドマスターだ。すぐに見抜いてきた。でも私はアイドルが大好きなただのオタクで、前世の年齢だってそれほど上じゃないため、お偉いさんと話すための作法なんてものは知らない。どうしようとオドオドしているとギルドマスターから気にしなくて良いという言葉を掛けてもらったので、音楽という文化を作りたいことと歌って踊る”アイドル”を作りたいということを必死に伝える。
歌って踊るという意味が伝わらなかったので、その場でやって見せてくれと言われた時には、逃げてやろうかと思った。
結局、サビだけアカペラで歌って踊ってみたが、万人受けしておらず、アイドルを軽んじていたり受け入れられなかったり、受け入れられても二次元は厳しかったように、万人受けはしないだろうと言われた。
歌と先程のものだけではダメなのか?と聞かれて、私は歌って踊る”アイドル”が大好きなんだと熱弁すると、ギルドマスターも納得してくれた。異世界の人はなんでこんな優しいんだろう、とまた泣きそうになった。
ピアノ自体は商品登録をすることになったが、今のところ私しか曲を弾くことも作ることも出来ないのが問題に上がった。数は作れるが、大人で買う人はまだ居ないだろうからと、赤ちゃんサイズのピアノをこども用の玩具として売り出すことになった。
もしかしたら、売れ行きが良ければ何時か曲を作ってくれる人が現れるかもしれない。
ちなみに本題の街でピアノを演奏することも許可されたし、歌うことも許可された。
弾くところも歌うところも庶民街やスラムということもあり、意義を申し立てたりはしたないと言われることは無いだろう、という事だった。
しかし、やはりお偉いさんの動きなどは気になるようで、商業ギルドとギルドマスターが全面的な後ろ盾になってくれるという何とも魅力的な案で決まった。
この世界に無い文化だけど、良いんだろうかと不安になっていると、顔に出ていたのかギルドマスターが口を開く。
「何でも最初は誰もやったことが無いんだ。演劇だって、服だって、絵だってそうさね。そのやったことが無いのを受け入れずに見放せば、金のなる木かもしれないのに掘り返して、無くすようなもんさ。
やったことが無いものを応援する。それが大人のやることじゃないかぇ?」
最初、この世界を鑑定した時はなんて世界に産まれたんだ、と恨んだけれど、私はこの異世界に転生して良かったと心の底から思った。
ここでやると良いと場所などもしっかり確保してくれて、本来のアップライトピアノも見せ、どうやって運ぶのかなどを大人の人たちで話し合っていた。収納魔法はやはり聞いたことが無いようで、商業ギルドの人でも使える人は居ないとの事だったので基本的にアップライトピアノは商業ギルドに預けて毎日天候が悪くない日の12時に確保してくれた場所に持って来てくれて、弾くことが決まった。
魔法の事について言及されることも無く、そのまま暖かい気持ちで商業ギルドを後にした。




