9.親馬鹿 ~ジャクソン・セレナーデ視点~
私こと、ジャクソン・セレナーデは名実共に親ばかだ。素晴らしい妻に出会い、娘、アネットも授かった。2人とも健康で、アネットはすくすくと元気に育った。本当に幸せな日々だった。こんな日々がずっと続いていくと思っていた。
それが急転直下したのはアネットが12歳の時だ。いつも通りの朝だった。妻は前日に実家に顔を出していて、今は私とアネットしかいない。今日は二人きりでどこかに出かけようかと考えていた時、アネットの悲鳴が屋敷に響き渡った。何かあったのかと思い、慌ててアネットの部屋に駆け付ける。
部屋に着くと、アネットは窓を開けてバルコニーの手すりの上に立っていた。メイド達も何人かいたが、うかつに近寄ることもできず、おろおろとしている。
「アネット!!どうしたんだい?危ないから降りなさい!!」
「いや!!もう嫌なの!!また繰り返せというの!?」
彼女は明らかに錯乱していた。だがうかつに近づいて刺激するわけにはいかない。ここは2階だが、頭から落ちたら万が一の事もありうる。魔力眼を開いて魔法を操り、外に生えている木の枝を折った。それを見えないように娘の下まで運ぶ。最近執務ばかりしていたので、魔法がうまく使えないことに心の中で舌打ちをする。とりあえずアネットを落ち着かせなければと思い優しく話しかける。
「アネット・・・。何があったんだい?ゆっくりでいいから。まずは落ち着いて。」
「お父様・・・。」
アネットは私を見ると悲しそうに笑った。その瞳は絶望に染まっていた。このままではまずいと思い、ゆっくりとアネットに近づく。
「やめなさい。アネ」
「ごめんなさい・・・。お父様。」
そう呟くとアネットはそのままバルコニーにある手すりの向こう側に倒れこんだ。
「きゃああああ!!」
「アネット!!」
メイド達が悲鳴を上げる中、私は魔法で風を操り、娘の落下速度を遅くさせた。だがいきなりだったので完全に止めることは出来なかった。ドサッと言う音が聞こえた後、私は慌てて部屋を飛び出し、庭に回った。バルコニーの下に辿り着くと、アネットがいた。意識は失っているようだが、木の枝がクッションとなって大きな怪我はなさそうだった。
「アネット!!目を覚ましてくれアネット!!」
呼びかけるが反応はない。大きな怪我はなさそうだが目を覚ます気配がない。頭を打っている可能性があるからうかつには触れられない。
「「「旦那様!!」」」
私が必死に声をかけていると、遅れてメイドや執事たちが駆けつけてきた。
「医者を早く!!あとは出来る限り体を揺らさずに娘を部屋に運んでくれ!!大きな怪我はないが頭をぶつけているかもしれない!!早急にだ!!」
「「「はっ!!」」」
私の指示を受けメイドや執事達が動き出す。私は娘が無事であることを祈ることしかできなかった。
娘が意識を失ってから3日が経っていた。木の枝と風魔法のおかげで彼女には傷一つなかったが、彼女は未だ目を覚ましていない。医者が言うには精神的な問題とのことだった。時折彼女の部屋に訪れ、話しかけるが返事が返ってくることもない。待つことしかできないのがもどかしかった。実家から帰ってきた妻にアネットの事を話すと、妻は悲鳴をあげ気を失ってしまった。妻の方はすぐに目を覚ましたが、不安なのか私の傍かアネットの傍から離れない。
「どうして・・・。あの子が飛び降りなんて。」
「わからない。今は目を覚ましてくれるのを待つしかない。目を覚ましても飛び降りたことを責めてはいけないよ。私達ができる事はあの子を支え、愛してやることだけだ。時が来たら理由を話してくれるだろう。」
「でもあの子が意識を失って3日ですよ?どうすればいいのかしら。」
「傷は全くなかったから何か心を病むようなことがあったのかもしれない。私達は信じて待とう。」
「はい・・・。」
妻を慰めていると、大きな足音がこちらに近づいてくるのが聞こえた。そして部屋の前で止まると大きな音をたてて扉が開いた。娘についていたメイドだった。彼女は息を荒げながら口を開いた。
「奥様!!旦那様!!お嬢様が目を覚ましました!!」
「本当か!!」
私達は慌てて娘の部屋に駆け付けた。私達が駆け寄ると娘は大声で泣きながら私達に飛び込んできた。また錯乱するのかと思ったが、その様子はなさそうで安心した。
娘から事情を聞こうと思ったが、娘の様子を見てやめた。話したそうにしていなかったのだ。私達としても追い詰めたくはなかったので、気がむいたら話してほしいというにとどめた。
それから娘はすぐに元の明るさを取り戻した。私達にも甘えてくれるようになった。それだけでなく自分も心も身体も強くなりたいから魔法の先生を呼んでほしいと言ってくれた。私達は大賛成し、すぐに教師を手配した。
だが、魔法の授業を受けるようになってから、授業の様子は教師から聞いていたが、その時から娘にどこか違和感を覚えるようになった。
「お嬢様は魔法使いとしては素晴らしい才能をお持ちです。初日の時点で魔力を感じて、今では魔法を使い始めています。ですが・・・。」
「ですが?」
「あまりにも理解が早すぎるといいますか・・・。魔法の在り方を前から知っていたかのように魔法を使われるのです。事前に魔法の本などを読まれていたのでしょうか?」
「いや。余計な知識を与えないようにしていたから知らないはずだ。」
「私の思い違いであればよいのですが・・・。」
魔法は未知の存在だ。魔法という存在を知っていたとしてもそれを使えるかは別の話だ。まずは少しずつ魔力を扱い、魔法という存在に慣れていく。中途半端な知識は逆に危険なのだ。そのため貴族のほとんどは、学園に入って教師から時間をかけて魔法を学ぶ。だがシエル先生の話では、アネットは教え始めてから2回目で魔法を使ってみたらしい。これは事前に魔法の知識を持っていたか、非現実の存在を予め受け入れられていないとありえない。
「それともう1つ。失礼を承知でお聞きしますが、お嬢様は文字の読み書きはできますよね?」
「?もちろん読み書きは教えているからできるはずだが。何か気になることでも?」
「いえ・・・。お嬢様も授業中メモを取られるのですが。その文字が見たこともない文字でして・・・。」
「なんだと?」
「また、授業中に本を読ませようとさせたことが何度かあったのですが。必ず少し間があってから読み始めるのです。それにところどころ、詰まったりするのです。最終的に読むことはできているのですが・・・。」
「・・・。」
アネットが読み書きできないという事は考えたことはなかった。小さい頃に私や妻の名前を書いて見せてくれたり、絵本を読み聞かせてくれたりした時はかなり嬉しかったものだ。そんな彼女が見たことのない文字を書いたり、本を読む時につまったりするなど考えられなかった。
「惑わせることを言わせてしまってしまい申し訳ありません。」
「いやそういう気づきは大事だ。覚えておく。君は引き続き娘を教えてくれ。ただ毎回授業の様子や気になった事を報告してほしい。私もたまに顔をだすようにする。」
「承知しました。最後には魔力眼を教えになるのですか?」
「ああ。私自ら教えることになるだろう。それまでは頼む。」
それからは授業後には娘の様子を聞きつつ、時間が空いていれば授業をこっそり見ていた。そして家族団欒の時間にも娘の様子を注視した。そして気づいた。授業の時の娘と家族団欒の時の娘の態度があまりにも違いすぎる。まるで別人かのように。
「もし・・・本当に別人だとしたら?」
自室で1人呟く。だがすぐにありえないと首を振りその考えを否定する。アネットが2人いたとしても入れ替わるタイミングはなかった。しかし私の直感がアネットは2人いるといっているのだ。思い悩んだが答えは出なかった。そこで私は確かめるためにアネットと授業中に問いただすことにした。
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