5.1つの身体に2人の魂
そんなことがあって現在。私はアネットとしてこの身体を操作している。
「うまくいくかは半信半疑だったけれど、まさか本当にうまくいくとはね。」
(そうですね。まさか本当にできるとは思いませんでした。)
「まあ、できたからいいじゃない。これであなたは1人じゃないわ。心強いでしょ。」
軽く言うと頭の中でクスっと噴出した声が聞こえた。
(ノゾミさんは本当に・・・。ええ。とても心強いです。)
そんなことを話していたらドタドタと複数の足音がこちらに向かって聞こえてきた。
「あ、貴方の両親がきそうね。」
(そう・・・ですね。)
「できるかしら・・・。」
(え・・・?)
「!!」
私はアネットと身体の主導権を交代した。できるかどうかは賭けだったが、うまくできたようだ。アネットはいきなり身体の主導権を渡されたので、慌てていた。身体の主導権を交代できないかを試していたが、どうやら切り替えができるのは私だけらしい。
「ノゾミさん!?」
(いいから。両親は敵ではないんでしょ?なら甘えておきなさい。)
「でも・・・。」
(時が戻る前のご両親がどうなったかは知らないわ。でも貴方を愛してくれたということは、娘を取り戻すために必死に動いていたはずよ。その結果がどうなったかはわからないけれど。)
「そうかもしれません。ですが・・・。」
(何より今のご両親にとって、普通の日々を過ごしていたら娘が急に錯乱して飛び降りてしまったのよ。その時の驚きと悲しみは計り知れないわ。だから一度しっかりと謝りなさい。時が戻った今を生きていくとするのであればなおさらね。)
「あ・・・。」
アネットは思い出したのか完全に固まっていた。自分のやった事を思い出したのだろう。アネットにとっては時が戻った絶望の日だが、両親にとっては幸せな日にいきなり娘が飛び降りるという絶望を味わったのだ。そのしこりは取り除いておいたほうがいい。
「「アネット!!」」
「お父様・・・。お母様・・・。」
「身体は大丈夫か!?いきなり飛び降りるなんて!!何か辛いことがあったのかい!?」
「そうよ!!何か心配事があったのなら、私達に遠慮なく言ってちょうだい!!」
「わ・・・わたしは・・・。」
(最初のレッスンよ。貴方が抱えている辛さは、貴方にしかわからない。でもね。信頼できる人と分かっているのなら「頼る」ということを覚えなさい。時が戻った今の貴方は12歳。まだまだ甘えても許されるわ。)
「あ・・・。」
アネットの瞳から涙が零れ落ちる。そしてすぐに両親に向かって飛びついた。
「ごめんなさい!!お父様。お母様。私・・・。私・・・。」
「いいのよ。私達も気づいてあげられなくてごめんなさい。」
「そうだ。ただ私達にとって、お前は愛しい娘だ。だから抱え込まずに話してごらん。私達は決して否定はしないのだから。」
「あ。うあああああ!!」
声をあげてアネットは泣き出した。彼女の両親も泣いている。ゲームでは、彼女の両親は彼女を心から愛していた。侯爵家の1人娘であるのならば、政略結婚として婿をとるのが普通だ。だがゲーム上では1人で生きると決めても両親は応援してくれた。侯爵家は養子をとるから気にするなと。それはここでも同じだろう。だから彼女には両親の愛を疑ってほしくはなかった。
(後は彼女たちの問題ね。)
心の中で何かできないか調べてみる。するといくつかの事がわかった。どうやら心の奥底にもぐれば視覚、聴覚は共有しないらしいことが分かった。これ以上見るのは無粋だと思った私は、彼女達を見るのをやめて心の奥に引っ込んだ。家族の絆が元に戻ることを願いながら。
「ノゾミさん。いますか?」
どれくらいたったのだろう。アネットの声が聞こえたので、心の奥からでてきた。彼女は自分の部屋にいるようで、両親も彼女の傍にいない。
(いるわよ。後、声に出さなくても、私に話しかけようと思って頭の中で話しかければ伝わるから。口に出さないようにしなさい。変な人扱いされちゃうから)
(こ・・・こうですか?)
(そうそう。いい感じね。それで何かしら。)
アネットに教えつつも、どうして私はこんなことがわかるのだろうだろうと疑問に思った。だがすぐにその考えを捨てた。どうせわからないだろうから考えるだけ時間の無駄だ。切り替わった時になにかできないかと試した時に知れたと思っておけばいいだろう。
(あの・・・。ありがとうございました。私に身体を渡してくださって。)
(ああ、そんなこと。気にしなくていいわ。むしろ貴方の身体なんだから遠慮は不要よ。それより、ご両親と話はできた?)
(は・・・はい。おかげで私は両親を信じることができました。それができなかったら、私はノゾミさん以外誰も信じられずにいたでしょうから。)
それを聞いて私は安堵した。強引だったがどうやらうまくいったようだ。飛び降りた理由は本当の事は話さず、無理矢理誤魔化したようだ。かなり強引な気がするがしかたがないだろう。
(それならよかった。貴方のご両親は素敵な人でしょう?)
(はい。自慢の両親です。)
アネットは笑顔で頷いた。色々吹っ切れたようだ。良い傾向だ。これで学園が始まるまでは、彼女は幸せな人生を送れそうだ。
(とりあえず今日は疲れたでしょう。寝ましょう。)
(そう・・・ですね。お休みなさいノゾミさん。)
アネットはベットにもぐりんだ。私も意識の奥に引っ込む。これから色々あるだろうが、彼女も前を向き始めている。それだけでも幸いだった。
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