4.時戻り
「それは・・・時が戻ったということ?」
「恐らくは・・・。日付を確認したら12歳の時に戻っていました。」
「なんということ・・・。」
「私は絶望したのです。本来は喜ぶべきなのかもしれません。未来を変えられると。ですが私は耐えられなかった。何故終わらせてくれなかったのかと。もう一度苦しめというのかと。」
「・・・。」
彼女の心が弱いと一蹴するのは簡単だ。だがどうしてそのような酷なことができるだろうか。彼女は幽閉され、最後は絶望の中処刑されたのだ。小説や漫画ではない、生きていたのだ。その辛さを理解できる人は本人しかいない。
「そして私は発狂し、部屋にあるバルコニーから飛び降りてしまったのです。その後気がついたらここにいました。」
「そう・・・。」
やはりここは死後の世界だろうか。そもそもどうして彼女は時を戻されたのだろう。そんなことを考えつつも、私は我慢できずに彼女の体を思い切り抱きしめた。
彼女はいきなり抱きしめられ慌てている。
「あの・・・スズキノゾミさん?」
「望でいいわ。最初に言ったけど、貴方に対して同情も哀れみもしない。その権利もないわ。ただ、一つだけ聞かせて。貴方はどうしたかったの?」
「え?」
「最初に言った通り、ここには私以外に誰もいないわ。だから教えて?貴方、本当はどうしたかったの?」
彼女は最初黙っていたが、やがて私を抱きしめ返した。彼女が流した涙が私の肩にこぼれおちる。
「わ・・・わだじは・・・。ただ幸せになりだかっだだけ・・・。ささやがでいいから・・・。笑っで生きだかった!!」
ああ。彼女はただ普通に生きたかっただけだ。好きな人と笑いあうささやかな人生を。それを誰が責められよう。誰もが一度は思う幸せだ。
「教えてくれてありがとう。今は思い切り泣きなさい。誰も咎めないわ。」
「う・・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私の言葉に彼女は堰を切ったように声をあげて泣き始めた。私は彼女が泣き止むまで抱きしめ続けた。1つの決意をしながら・・・。
「ごめんなさい・・・。見苦しいところをお見せしました。」
「全然見苦しくはないわ。話してくれてありがとう。」
彼女は思いっきり泣いてすっきりしたのか、弱々しくではあるが笑顔を見せてくれた。
「さて・・・。全てを聞いたうえで1つお願いというか提案をしてもいい?」
「なんでしょうか?」
「私と一緒にあの世界に戻ってみない?」
「!!」
アネットは驚いて私から少し距離をとった。身体が震えている。彼女が何かを言う前に私は手を彼女の前に突き出した。
「落ち着いて。最後まで聞いて。私と一緒に言ったでしょ。」
「一緒に・・・?でも。」
「そう。私の身体は貴方の世界にはないわ。だから2人がアネットの身体にいる形になるかしら。」
「え・・・。そんなことができるのですか?」
「わからないわ。でも私と貴方が出会えたのは偶然じゃない。だからこれぐらいは言ってみてもいいじゃない。」
困惑している彼女を置いて、私は立ち上がる。そして思い切り息を吸い込み、空に向かって叫んだ。
「神か悪魔か知らないけどね!!人の人生をここまで狂わせたのなら少しくらいは責任を取りなさい!!私とアネットの魂をアネットの身体に戻しなさい!!そしていつでも意識を切り替えられるようにしなさい!!私達を振り回すならそれぐらいの事をしろ!!」
私は言い終わると、拳を空に向かって突き出した。神か悪魔かは知らないが、悪趣味な事だ。そんなやつのいいなりになるつもりはない。アネットは呆気に取られて固まっている。
「あの・・・。」
「いいのよ。こういうのは我慢したら負けよ。アネット。さっきも言ったけれど、もし貴方が幸せを求めたいというのなら私に協力させて。私と貴方が同じ体になれたのなら、アネットは安心して幸せに生活をしなさい。話したくない人の相手や辛い時の露払いは私に任せて。それで貴方が気になる人とか話してみたい人がいたら表に出てくればいい。」
「どうして・・・。」
「ん?」
「どうして私にそこまでしてくださるのですか?私は駄目な人間で恩を返してもらうような事をしていません。そこまでしてくださる価値のない人間です。だから」
「アネット。」
私は彼女が言い終わる前にデコピンで彼女の額を軽くはじいた。
「いたっ。」
「1つだけ断言するわ。貴方は決して価値のない人間じゃない。誰かが貴方を否定しても、貴方自身が自分を否定しても、私はずっと貴方はかけがえのない存在だと言い続ける。そう言う人が最低1人はいるって事を忘れないで。だからすぐにとは言わないけれど、貴方も自分の事を好きになってくれると嬉しいわ。」
「ノゾミさん・・・。」
「それに自己満足に加えて2つほど貴方に手を貸す理由が増えたわ。1つは純粋にむかついたから。貴方を苦しめ、絶望させた人間を私は決して許さない。絶対に報いを受けさせるわ。」
「そんな・・・。今の時代ではそんなことはまだ・・・。」
「確かに起きていないわ。でも人間の性根は変わらない。貴方が変わっても彼らは必ず同じことを繰り返す。だから彼らは私にとって敵よ。」
人間の性根はそう簡単に変わらない。それを私は体験している。だからアネットがいなくても彼らは同じことを繰り返すだろう。その被害は国民だ。絶対に許してはいけない。
「あの・・・。それでもう1つの理由は?」
「貴方の事を好きになったから。」
「ふぇ!?」
彼女は顔を真っ赤にして固まった。からかったつもりはないのだが、初々しい反応が可愛い。我慢できずにもう一度彼女を優しく抱きしめた。
「正確には貴方の事が気にいったが正しいかしらね。貴方はあれだけの事をされながらも決して他の人を責めたりしなかった。その心は本当に美しい。私からすると眩しく見えるほどに。」
「そ・・・そんな。私なんて・・・。」
「こーら。まずは「私なんて」は禁止ね。少しずつ前向きになっていきましょう。」
「う・・・。」
彼女は口をパクパクさせて何も言えなくなってしまったようだった。ただ最初に泣いていた時に比べて大分表情が豊かになっている。良い傾向だ。
「ま、といっても、2人の魂を1つの身体にいれるとか、そんなことができたらの話だけどね。」
「出来なかったら・・・。」
不安そうなアネットに対し、私は明るく笑った。
「それなら2人でここに引き籠ればいいじゃない。2人で色々な話をしたりゲームをしたりしましょ。それはそれで楽しいと思うわ。別に誰かに怒られるというわけでもないし。」
「・・・そうですね。それは本当に・・・。」
その姿を想像したのだろう。アネットが弱々しく笑顔を浮かべる。だがその時、私達の横で大きな光があふれ、ちょうど2人が通れるぐらいの大きさの扉の形を作った。扉の向こう側は光にあふれていて何も見えない。扉ができても、何かの声が聞こえる等もない。思わず私達は顔を見合わせた。
「どうやら出て行ってほしいようね。」
「ど・・・どうしましょう。」
「2人で同時に行ってみましょう。たとえ貴方だけが戻るとしても私は貴方の事を絶対に裏切らない。見守るわ。それでも辛くて耐えられなければ・・・。」
「耐えられなければ?」
「また飛び降りればいいわ。貴方の人生は一度終わったの。だから戻されても知った事ではないと思えばいいわ。私は自殺をするな!!なんて高尚なことを言うつもりはないから。自分の人生だもの。好きなようにすればいいわ。入れなかったら私は1人ここで待ち続けるしね。何があろうと貴方は1人ではないのは覚えておいて。」
「そう・・・ですね。」
頷きつつも彼女は不安そうだった。そんな彼女に向かって私は跪いて手を差し出した。
「さあお手を。いきましょう。レディ。」
「もう・・・。わかりました。行きましょう。」
アネットはクスリと笑うと私の手を取った。そして私達は2人で手をつなぎながら、扉の向こうに一歩を踏み出した。
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