14.時戻り ~ジネット・ローレル視点~
数ある作品から本作品を選んでいただきありがとうございます。
「アネット・セレナーデ嬢に会ったのだろう?どうだった?」
「アネット・セレナーデ嬢。可愛らしい令嬢かと思っていましたが、あの親にしてこの子ありという感じの切れ者でしたね・・・。」
「ほう。傍目にはそうは見えなかったが、実際に話したお前がそう言うのならそうなのだろうな。」
家に帰る馬車の中で父上とセレナーデ侯爵家について話す。父上は時戻りしていないのでアネット令嬢との会話内容については誤魔化すしかなかった。彼女と話している間はずっと向こうのペースだった。もっとうまく立ち回ることができたのではと思ってしまう。だが彼女も時が戻っているのは確信できた。明言はしなかったが、立ち振る舞いが12歳のそれではなかった。時が戻る前は接点がほぼなかったので彼女の事はよく知らないが、12歳にあの雰囲気は出せない。
時が戻る直前、俺は辺境の地域に出向し、1人で仕事をしていた。国の詳細な情報は入ってこなかったが、国王の崩御によって国が荒れて、国民が暴動を起こして城を攻め落としたというのは耳に入ってきていた。そして今日が王族の処刑日だというのは知っていたが、辺境にいる俺には関係がない事だ。辺境の地域の事になると、そこにいる人間の事など城下町の人間は誰も興味がない。逆にこちらに影響がないのであれば、国のトップが替わろうと生活はすぐに変わらないから興味がない。皆日々を精一杯生きているのだ。そう思って変わらない一日を過ごしていたら、唐突に目の前の空間がゆがんだ。
「なっ!!なんだ!!これは!!」
歪んだ空間に引きずり込まれそうになったため、魔法を使い慌てて抵抗したが、何もできず歪んだ空間に引きずり込まれた。引きずり込まれた先で目の前が急に真っ白になり目をあけられなくなった。やがて光が収まったので、恐る恐る目をあけると空間が歪む前にいた場所ではないところに立っていた。辺りをよく見ると、どうやら実家で昔使っていた自分の部屋のようだった。しかしどこもかしこも新しく感じる。だが一番の違和感は自分の身体だ。
「視点が低い・・・。」
全身をよく見ると身体が一回り以上小さくなっていた。年齢的には10歳前半といったところだろうか。何が起きたか全く意味が分からず、使用人を呼ぶことにした。
「はい。何でございましょう。」
「すまない。変なことを聞くが、今は何年の何月何日だ?」
「・・・は?」
「いきなり変な事を聞いているのはわかっている。だが教えてくれ。頼む。」
使用人は不思議そうにしつつも今日の年月日を教えてくれた。それで理解した。原理はわからないが、10年近く時間が戻っている。頬を抓ってみるが、ちゃんと痛いので夢ではなさそうだ。動揺はしたが取り乱しはしなかった。
俺はすぐに気持ちを切り替えた。理由はわからないがこれはチャンスだ。時が戻る前、俺は次男で子爵家の当主となることができなかった。我が家は実力主義にも拘らず。だが、今回は俺が優位になれるはずだ。10年近い先の知識を持っているからだ。そう考えたところでふと気づいた。
「まて・・・。まさか兄上も時戻りをしているのか?」
そうだった場合、俺の優位は崩れる。だがいきなり時戻りについて聞いても頭がおかしくなったと思われる。慎重に確認しなければいけない。
「そう考えると、戻ったのは俺だけとは限らない・・・。」
うかつな行動をすると取り返しがつかないことになりかねない。しかしこの機会を逃すのは愚の骨頂だ。失敗しないために必要なのは情報だ。俺はまず机に向かって、思いつくままに時戻り前の情報を書きなぐった。普段通りの生活を送りつつ、隙を見て思いつくままに書き続けた。かなりの量になったが、記憶力は良かったので記憶していた内容のほとんどを書き残す事ができた。書いた内容を整理しつつ、これからの行動を考えた。
「これからどうするか・・・。」
夕食時等に父や兄に探りを入れてみたが、どうやら時は戻っていないようだった。そこは安心した。これで自分が優位にたつことができる。
時が戻る前、俺は政略結婚の道具にされ、辺境の地域に出向となった。同じ子爵だったが愛のない婚約だった。それでも俺なりに婿入りした子爵家を盛り上げるために精一杯取り組んだ。書きなぐった記憶の内容の半分は婚約した子爵家の情報だ。だが今回はこの情報を使うことはない。この優位を使い、今度こそ俺が我が家の当主となる。
「今度こそ・・・。兄を超えてみせる。そのためには情報だ。」
俺は情報を整理したその日から早速行動を開始した。学院に入学するにはまだ半年近く時間がある。今のうちに他に時戻りの人間がいないかを探しつつ、これから起きる問題の対策を提案したり、未来に発見されるものを自分が発見したりして自分の手柄にするのだ。
時が戻ってから数週間後、俺は集めた情報を整理していた。
「数年後に鉱山で見つかるはずの宝石がもう発掘・報告されている。それに第2王子が病気で治療中だと・・・。やはり時戻り前とは流れが違う。」
最初に考えた通り、他にも時が戻った人間がいるようだ。その知識を活かしているのだろう。鉱山を発見し報告した子爵家に時戻りの人間がいるのは早計だろうか。だが明確に誰が時を戻ったのかはわかっていない。
「そもそも、なぜあの日に時がもどったんだ?」
色々あって考えからもれていた。時が戻った日、国は荒れ果て市民が暴動をおこした後だ。その後に予定されていたのは・・・。
「・・・・王族の処刑だ。」
時が戻った日は王族が処刑される日だったはずだ。王族なら時戻りの国宝などがあっても納得がいく。何らかの方法で時を戻したのだろう。
「現在の国王は崩御されていたから、処刑されたのは恐らく今の第1王子、そして正妃だったアネット・セレナーデ侯爵令嬢。そして側妃だったキャリー・クラーク男爵令嬢か・・・。」
第2王子はその時には病死していたはずだ。そして第1王子とキャリー・クラーク男爵令嬢が贅沢を尽くしたせいで民は飢え、暴動が起きたはずだ。その間、正妃であるアネット・セレナーデが何をしていたかは全く情報がなかった。
「その3名は時が戻った候補と考えるべきか・・・。だが確証はない。」
下手に近づいて警戒されてもまずい。ただ前に起きていなかったことが起きているので時戻りの人がいるのは確実だった。できれば城か城下町にいた人間で時戻りをした人間と協力関係を結びたい。そうすれば未来の情報をもっと有意義に使う事ができる。しかし、時戻りの事を話せない以上、使用人や子爵家の力を使って情報を集めることは出来ない。正直言ってこれ以上は手詰まりだ。
そんな事を考えていた時、自分の部屋をノックする音が聞こえた。
「はい。どうぞ。」
「邪魔するぞ。」
「父上?」
部屋に入ってきたのは父上だった。特に仲の悪い親子関係ではなかったが、積極的に話すほどではなかった。父上は申し訳なさそうに俺を見て話しだした。
「実は明日、セレナーデ侯爵から商会の取引の話をしたいと言われてな・・・。」
「セレナーデ侯爵・・・ですか?」
「流石に知っているか。」
「ええ・・・。王族にも影響力がある方ですから。」
セレナーデ侯爵は国の中でかなり力のある人間だ。魔法の力も強く、国が所持している魔法軍団の名誉顧問であり、国防の要でもある。その人と繋がりができるのは大きい事だ。しかもアネット・セレナーデはセレナーデ侯爵の娘で時戻りの有力候補者の1人だ。興味がないと言えば嘘になる。
「そこにお前を連れてきてほしいと言われてな。」
「私ですか!?兄ではなく?」
「ああ・・・。無理にとは言わないが。」
「・・・いえ。行きます。行かせてください。」
いきなりの言葉に驚いてしまったが、すぐに思い直す。これはチャンスだ。セレナーデ嬢に会う事ができれば、時戻りの対象者か確認ができ、対象者であれば過去の情報を仕入れられるかもしれない。父は俺が頷いたのを見て安堵していていた。
「助かる。正直先方の目的が分からないが、お前の同行を求める理由があるのだろう。」
「そうですね・・・。」
翌日、父と共に馬車でセレナーデ侯爵家に向かった。侯爵家はうちの家と比べてとても大きく、豪華な家だった。家に着くと侯爵家の執事に客間に通される。
「こちらでお待ちください。」
父と二人、客間で椅子に座って紅茶を飲んでいるとセレナーデ侯爵が現れた。
「急な呼び出しにも関わらずよく来てくれた。私が当主のジャクソン・セレナーデだ。本日は唐突に呼び出してしまい申し訳ない。今日は有意義な話ができると思っている。」
「いえ。こちらこそセレナーデ侯爵とお会いできる機会をいただけて感謝しております。」
「うむ。そしてそちらが・・・。」
侯爵の視線が俺の方に向く。俺は慌てて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はローレル家の次男、ジネット・ローレルと申します。」
「うむ。唐突な呼び出しに応じてくれてありがとう。」
「恐れながら、ご質問をお許しください。私はセレナーデ侯爵と接点はなかったと思いますが・・・。兄ではなく私を呼ばれた理由をお聞きしても?」
「うむ。実はアネット・・・娘が君の話をしたことがあってね。それで私も興味がわいたのだ。」
「セレナーデ嬢が・・・。」
その言葉でアネット・セレナーデは時を戻っている可能性が高いことがわかる。この時点では俺との接点はない。どうやったかはわからないが、俺も時を戻ったのを知ったのだろう。
「それでしたら、父が侯爵とお話している間にセレナーデ嬢とお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?私もセレナーデ嬢と話をしたいと思っておりましたので。」
「ふむ・・・。」
侯爵は少し考えていたが、別に問題ないと考えたのだろう。頷いた。
「娘がよいと言えば構わないよ。メイド経由で確認させよう。」
「それでしたら、お会いできるかをお聞きする際に、この手紙をセレナーデ嬢に渡していただけますか。」
俺は一枚の折りたたんだ紙を侯爵に渡した。家を出る前に念のためしたためておいたものだ。セレナーデ嬢にいきなり会いたいと言っても会ってはくれないだろう。彼女が時戻りであれば興味を惹かれる内容を書いたものだ。
「念のため、中身を確認しても?」
「構いません。」
侯爵は俺が渡した紙を開き、中を見た。その瞬間彼の目を見開いた気がしたが、表情は全く変わらなかった。すぐに手紙をたたみ直す。
「ふむ。内容の意味は分からないが、これなら渡しても問題ないだろう。少し待ちたまえ。」
侯爵はメイドを呼び、紙をメイドに渡してセレナーデ嬢に会うかを確認してくるように言った。メイドは部屋を辞したが、少し経つと戻ってきた。
「お会いになるそうです。」
「そうか。では、私は君の父君と話をしているから娘と話をしてくると言い。もちろん二人きりにはできないが。」
「当然です。機会をいただきありがとうございます。」
「ジネット。くれぐれも失礼がないようにな。」
「はい。」
父の言葉に俺は頷く。そして俺はメイドに案内され、セレナーデ嬢に会ったのだ。
「・・・彼女と話をした結果、彼女の手のひらで踊らされただけか。」
「何か言ったか?」
「いえ。何でもありません。」
今振り返ってみると、質問も纏めて聞くなり色々できただろう。だが彼女の言葉に思考を乱されて冷静に質問ができなかった。しかし時戻りの対象者が知れただけでも上出来だ。もちろん裏取りは必要だが、それを聞けただけでも充分なアドバンテージを得られた。時が戻った者達を警戒しつつ、彼らを出し抜き未来の知識を活かせればできる事は多い。父上に自分の優秀さを証明するのだ。
(見ていろ!!・・・今度こそ当主になるのは俺だ!!)
馬車の中で俺は決意を新たにするのだった。
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