13.対面
ローレル子息とは客室でお会いした。彼は年相応の身長だったが、顔も整っており動きも優雅だった。私に会うと、彼は私に向かって優雅にお辞儀をした。
「おお、お初にお目にかかる。私はジネット・ローレル。唐突にも関わらずお会いしてくれたことに感謝する。」
「いいえ。こちらも用事ができましたので構いませんわ。まずお座りになって。話をいたしましょう。」
客席の椅子を示し、2人で席につく。エルが紅茶を入れてくれ、それに口をつける。うん美味しい。ローレル子息も紅茶を飲み、一息つくと真剣な表情で私の目をまっすぐ見た。
「私は無駄が嫌いなのでね。いきなり本題に入らせてもらいたい。セレナーデ嬢はどこまで記憶が残っているのかな。」
「・・・・。」
私は笑顔で微笑むが、答えない。ローレル子息は私が緊張しているのかと思っていたようだが、すぐに表情が引き攣る。
「・・・答えるつもりはないという事かな?」
「それを答えることで私にどのようなメリットがあるのかお聞きしても?」
「!?」
「ローレル子息があの手紙をくださったことで、私は必要な情報を手に入れる事が出来ました。お会いしたのはせめてもの感謝の気持ちです。」
「・・・私は君のお父様と交流がある。仲良くしておくことにこしたことはないと思うが?」
「いいえ。そもそも貴方と交流を持つようにお願いしたのは私ですもの。」
「!?今回私が父上と一緒に呼ばれた理由はそういう・・・。」
「その通りです。」
これは事実だ。ローレル子爵は商会を持っているので、その伝手で息子の事を探ってみてほしいということをお願いしたのだ。アネットの夫になる可能性があると伝えたら即連絡を取ってくれた。
「ローレル子息。魔法も勉強の成績もそれなりに優秀。他の人との人間関係も良好。ですが裏で手を回し、次男でありながらも子爵を引き継ごうと頑張っておられるようですね。」
「・・・。」
「今回は、私の元に来たのはセレナーデ侯爵との面会もあるでしょうけど、入学前に私の記憶が残っているかの確認しておきたかったというところでしょうか。可能であれば、時が戻る前までに城にいたアネットから情報を引き出したいのでしょう。」
「どうやら私の予想は当たっていたようだね。」
ローレル子息は顔を引きつらせつつ呟くが、私はにこりと笑い、明言をしない。正確に言うと私はアネットではないからだ。だが彼に言う必要もないだろう。私はわざとらしくため息をつくと彼の目を見つめた。
「学園が始まって、変にまとわりつかれても面倒ですので取引をしませんか?」
「取引?」
「ええ。貴方の3つの質問に正直に答えましょう。ただし「持っている情報を全て教えろ」などのような広範囲な質問は駄目です。そしてその対価として、学園では私にできる限り近づかない。そして私に協力していただけませんか?」
「協力とは?」
「具体的には私が求める情報を提供する事ですわ。こちらは数の制限はなし。」
「ずいぶん私に不利な条件なようだが。」
「そう思うのであれば、お断りしていただいて構いません。最初にお伝えした通り、私は貴方の行動で必要な情報は手に入りましたので。あなたからもらう情報もあくまで保険でしかありません。提案する一番の理由は貴方が私にまとわりつくことで学園にて変な噂がたつのを避けるためです。」
「・・・・。」
ローレル子息は悩んでいるようだった。まあ私にとってはどちらでも構わない。私の見た感じでは、彼がアネットの夫になるとは思えない。ゲームでは裏表があるミステリアスな感じのする攻略対象だったはずだが、私の言葉に振り回される程度ではたいしたものではないし、アネットにあうとは思えない。今の彼女は心が弱っている状態なのだ。彼の行動は不気味に映ってしまうだろう。
「協力するかを判断する前に1つ確認と1つ質問をさせてもらいたい。」
「なんでしょう?」
「まず確認だ。情報提供と言ってもできないことは断る権利があると考えてもいいのだろうな。」
「それはもちろんです。いくら私でも校長室に忍び込め。城の情報をとってこいなどはいいません。他にも無理だと思ったのは断っていただいて構いません。貴方とはあくまで協力関係になれればいいのであって、下僕にしたいのではないのですから。」
「それはよかった。ではもう1つ質問を。君の目的はなんだ?」
「単純明快ですわ。アネット・セレナーデの幸せです。」
「は・・・?」
ローレル子息は呆気に取られていた。もっと壮大な目標を持っているのでも思っていたのだろうか。だが私の目的はアネットに会った時から一貫している。彼女を幸せにする。それがこの世界に来た私の使命だと思っている。
「友人・恋人に恵まれて、望んだ未来をつかみ取り、最後に笑って死ぬ。それが、それだけが目的ですわ。」
「・・・どうやら嘘ではないようだね。」
「ええ。どんな事があろうとも、私の目的は変わりませんわ。」
「まあ前回の君は悲惨だったからな。そう思うのは仕方ないとはいえるが・・・・。」
「さて・・・。確認にも質問にも答えました。どうするかお聞きしても。」
ローレル子息は少し考えこんでいたが、やがて決意したように顔をあげた。
「・・・わかった。君の条件を飲もう。」
「ありがとうございます。ではさっそくですが、3つの質問をどうぞ。」
「・・・。」
ローレル子息は悩んでいた。私は焦らすことはしない。紅茶を飲みつつローレル子息の言葉を待つ。どれくらいたっただろうか。ローレル子息は決心したかのように口を開いた。
「一つ目。時戻りは合計何人いると考えている。いや把握している?」
「最低7人。」
「7人!?それは一体誰だ!?」
「それが2つ目の質問ということでいうことでよろしいですか?」
彼は一瞬固まったたが、すぐに力強く頷いた。
「あ、ああ。それが2つ目の質問だ。」
「それでは名前を挙げさせていただきます。」
私は7人の名前を挙げた。彼は慌ててその名前のメモをとった。私があげた7人は攻略対象だ。当然ローレル子息もその中に含まれている。私の懸念事項はこれの事だった。この世界がゲームと同じ世界なら、攻略対象もアネットに紐づいているのではないかと考えたのだ。当たってほしくはなかったが、ローレル子息が時戻りを起こした本人ではないのも関わらず記憶が残っているのであれば、他の攻略対象も記憶が残っているだろう。これからの未来は予測できないことばかりになるだろう。思わずため息をつきたくなる。
「その根拠は?疑っているわけではないが、時戻り前に発掘された鉱山を伯爵子息2人が既に見つけている。彼らも時戻りの可能性があると思っていたが・・・。」
「根拠については3つ目の質問でしょうか?正直話しても嘘だと思うでしょうから、それを質問にするのはやめた方がいいと思います。それにその伯爵子息達は恐らく第一王子派の者でしょう。忠誠を誓わせる代わりに甘い蜜を吸わせる。よくある手ですわ。」
「そうか・・・。」
彼は再び考え込んだ。3つ目の質問について決めかねているのだろう。だが正直私も冷や汗をかいていた。実はこの世界はゲームの世界で、その知識を持っているからですと言っても信じられるわけがない。それどころか今までの話が全て噓だと思われる可能性がある。
「わかった。根拠については質問しないでおく。その根拠が判断できないものだった場合、無駄になってしまうからな。」
「賢明ですわ。」
私は心の中で安堵の溜息をついた。彼は最後の質問を考え込んでいたようだったが、やがて何か決めたように顔をあげた。
「最後の質問は保留にしてもいいだろうか。」
「なるほど。構いませんわ。」
悪くない選択肢だ。私のペースにのせられ、一度に2つの質問を使ってしまっている。2つの質問も「時戻りの人数と名前を教えてくれ。」と質問すれば1つで済んだのだ。
彼は深く息を吐くと、立ち上がった。
「今日はこれで失礼させてもらおう。信用していないわけではないが、裏もとりたいからな。」
「承知しました。」
「できれば君とは敵対したくないな。このまま協力関係でいたいな。」
「あら。私と敵対しない方法なんて簡単ですわよ。」
「?」
彼は不思議そうに首を傾げた。私は満面の笑みを浮かべて彼の目をまっすぐ見た。
「先ほどお伝えした通りです。アネット・セレナーデが幸せになるのを邪魔しなければ敵対はしませんわ。逆に邪魔するようであれば、誰が相手でも叩き潰します。」
彼は私の言葉に呆気にとられていたが、すぐに声をあげて笑いだした。
「なるほどなるほど。それは約束しよう。私は何があろうと君に敵対しないと。君を敵に回すのは怖いことが分かったからな。私にも目的があるからね。ああ。いっそのこと互いの利のために私と婚約でもするかい?」
「ふむ・・・。」
即答するのは簡単だが、仮にも攻略対象だ。念のためアネットの意思も確認した方がいいだろう。私はアネットに問いかける。
(アネット?一応聞くけどどうしたい?彼と結婚したい?)
(できれば遠慮したいな・・・と。それに今は結婚とか考えられないので・・・。)
(でしょうね。)
「・・・申し訳ありませんが、お断りさせていただきますわ。」
そう言い私は頭を下げた。だが彼は断られたことよりも私の対応に驚いたようだった。
「・・・・驚いたな。即拒否されると思っていたが、考慮する余地はあったのか。」
「ええ。婚約するメリットと、万が一結婚した時に幸せになれるのかを検討させていただきました。そのうえでお断りさせていただきます。今後変わる可能性がないとは言い切れませんが。」
実際はアネットと中で会話していただけだが。彼女と会話している間、切り替わる時も時間が止まるわけではないのだ。だから眠っている時以外は、2人で長話をするわけにはいかない。
「そうか。それではそれを期待するとしよう。」
「これからよろしくお願いします。ローレル子息。」
「ジネットだ。」
「え?」
「学園で一緒の学年になるし、協力関係だ。ジネットで構わない。」
「・・・わかりました。私もアネットで構いません。ジネットさん」
「ありがとう。それではな。アネット嬢。」
そう言って彼はエマに案内されつつ去っていった。彼を見送った後、私は思わず椅子に深々と座り込んだ。
「あ~疲れた。」
(お疲れ様です。)
(いいのよ。今後も貴方が不安に思う相手は私が対応するから。遠慮なく頼りなさい。)
(どうして・・・・そこまで。)
(ふふっ。最初に言った通りよ。さあ切り替わりましょう。今日はセレナーデ夫人とお茶をする予定だったでしょう?楽しみなさい。私は少し休むわ。)
(はい。)
私は身体の主導権をアネットに渡し、心の奥に引っ込んだ。
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