12. 第1の婚約者候補
「・・・うまくいってよかったわ。」
私はアネットの中で一人呟いた。まさか彼女の父親に私の存在を気がつかれるとは思わなかったが、うまく協力を取り付ける事ができた。アネットも両親に隠し事がなくなったのでより仲良くなれるだろう。
「必要な情報を集められるようになったのも大きいわね。」
アネットの身体を動かして情報を集めるのは厳しかった。目立つのを避けたかったのだ。だがセレナーデ侯爵が協力してくれるのであれば、侯爵家のツテと権力が使える。アネットは時が戻ったといったが、全てが同じように動くとは限らない。だから情報は必須だ。想定外の事があった時にアネットを守られなかったでは目も当てられない。
「これから入学まで忙しくなるわね。」
私は1人呟き、これからすべき事、やらなければならないことを考えることにした。
それからあっという間に半年が過ぎた。と言っても特に何かあったわけではない。毎日アネットは家族と楽しく過ごし、魔法について学ぶ時は私が前に出て学んだ。セレナーデ侯爵の教えはわかりやすく、私は確実に力をつけることができた。そのうえで前世の知識と魔力を紐づけてうまく魔法として消化できないかも試した。失敗したものもあったが多くは成功した。眠った後は、いつもの場所で2人で魔法の練習や文字の学習をした。アネットは魔力眼の使い方にまだ苦戦していたが、人に教える才能があったようで、半年で私はこの世界の文字を日本語と同じレベルで書けるようになった。余った時間はダンスや歴史などを学んだ。ダンスは未だにできない。前世でやることなどなかったのだから仕方ないだろう。まあ実際に踊ることになったらアネットに押し付けようと企んでいる。
情報についてもセレナーデ侯爵が権力をフル活用して集めてくれた。毎日夕食後、侯爵と2人で顔を付け合わせて情報を整理していた。アネットにも確認したが、やはり時戻り前とかなり変わっているようだ。婚約者候補全員の足取りは辿れなかったが、何人かは確認できた。例えば第2王子のイザーク殿下。時戻り前は婚約するまではイザーク殿下も元気だったが、今回は既に病に伏しているようだ。レグルス殿下は表向きは優秀らしいが、横暴な性格に拍車がかかっているようだ。耐え切れず王城を去っていくメイドもいるらしい。そんな様子を聞きつつ、私は懸念していた事が現実になっている可能性が高いと感じてため息をついた。
そんな日々が続き、このまま問題なく入学できると思っていた。しかし現実はそうはいかなかった。学園の入学式が1週間後に迫ったある日、部屋でアネットが紅茶を飲んでいるとドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様。エマです。入ってもよろしいでしょうか?」
「エマ?ええ。入って。」
エマは恐る恐るという形で部屋に入ってきた。何故だろう。いつもの彼女と違う。
「お嬢様にお会いしたいというお客様がおります。」
「お客様?先触れはあったのかしら?」
「いえ。元々は旦那様とのお話で来られたようでしたが、可能であればお会いしたいと。」
「どなた?」
「ジネット・ローレル子爵です。」
(!?)
私は心の中で叫びそうになった。ジネット・ローレルといえば攻略対象の1人だ。だが、会うのは入学後のはずだ。アネットは全く知らないだろう。
「え・・ええと。」
「お嬢様はそのような反応をされるだろうから、この手紙を渡してほしいと言われまして・・・。手紙と言われても一行書かれていただけなのですが・・・。」
エルから手紙を受け取る。それは手紙というものではなく、ただ一行だけ書いてあるだけだった。
【時戻りが1人とは限らない。】
「!!」
(!!)
アネットと私はそれを見て完全に固まった。この手紙の内容が意味することは決まっている。彼も時戻りの当事者、もしくはその事態を把握しているという事だ。
(アネット。私が対応するから会うと伝えて。)
(わ・・・わかりました。)
「会います。客室に通してくれる?」
「承知しました。」
エマはお辞儀をすると部屋を出て行った。アネットは不安そうな顔をしつつ私に語り掛けた。
(・・・お願いしてもいいですか?)
(勿論。こういうのから貴方を守るために私がいるのだから。)
(ありがとうございます。)
(話は聞かなくてもいいわよ。)
(いえ。聞きます。いずれは私が向き合わなければいけない事ですから。)
(そう・・・。ちょっと強気で行くけど気にしないでね。)
(は・・・はい?」
混乱しているアネットを無視して私は表に出た。さて、どうくるか。敵ではないかもしれないけれどこちらを利用しようと考えているのだろう。
「どちらにしろ構わないわ。敵対する気であれば叩き潰してあげましょう。」
私は邪悪な笑みを浮かべつつ、出迎える準備を始めた。
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